2 Bパート




 【休日:ある建物4F】



 マークしていた強面の男が足を踏み入れたのは、「改装中」の札が掛かり、仕切りで覆われた空きテナントだった。


 明らかに堅気でない男が、そんなところに何か用があるとすれば――総条そうじょう的利まとり刑事は目配せし、次の瞬間テナントへと踏み込んでいた。


「警察だ!」


 中は、窓に面した何もない空間だった。工事中といった雰囲気もない。ただ空っぽのその場所に、不自然なデスクが二つ。パソコンや書類が置かれていて、その前に大柄な――こちらも明らかに堅気でない雰囲気の――男がそれぞれ座っている。いずれもスーツ姿で、見ようによっては仕事中のサラリーマンのようだが、デスクの陰から覗く人間の足を発見してしまうと、ヤクザ以外の何者でもないと総条らは断じた。


「おやおや、ここになんの用ですか」


 マークしていた男が振り返り、自身に向けられている銃口に怯む様子もなく――ましてや悪びれる様子もなく、デスクの陰から覗く不穏な証拠を足で隅へと追いやろうとする。


「とぼけても無駄だぜ。こっちはもう分かってるんだ――オタクら『爆園ばくえん会』がネオ・ベータリアンと繋がってるってことは」


 その瞬間――ピクっと、男の表情が痙攣した。他の男たちも同様だった。顔から感情が消え失せ、まるで皮膚の下を虫でも這っているかのように奇妙に表情筋を蠕動させる――総条たち強襲一課はただちに武器を構えた。


 直後、男たちの顔色が蒼白――を通り越し、白濁色へと変貌する。顔面の表皮が波打つようにヒダとなり、ぶちぶちという音をたてながらスーツが裂け、全身が膨張する。腕が肥大する。下半身だけあまり変化がなく、内側から膨らみによってベルトの締め付けが強くなる――


「こいつぁ……当たりだな」


 的利刑事の声はひきつっていた。


 数秒後には、ヤクザ風の男たちは三人とも――白貌の怪人へと変態を遂げていた。



『ネオ・ベータリアン――回収した検体を解析して分かったことは、これらが人間をベースにしている、ということ。つまり――白兵こいつらの正体は、誘拐された一般市民だってことだ』



 先日、科捜研からもたらされた報告が、当たってしまったのだ。


『それから、遊園地の防犯カメラ映像を解析して分かったことだが……突然あの場に現れた白兵は、全て――それまで何食わぬ顔でアトラクションを楽しんでいた人々が変貌したものだった。それが表すのは、つまり――』


「……人間に擬態し、この社会に紛れ込むことが出来る怪人がいる――」


 ついさっきまで、不遜な態度で捜査の手をかいくぐろうとしていた男が、資料に目を通しパソコンに手を触れていた男たちが――怪物に、変貌したという事実。


(考えたくもないことだが――こうなると、この暴力団も所詮ヤツらの……。資金提供者ではなく、暴力団を隠れ蓑に――)


 その事実が世間にもたらす衝撃はいかほどのものか――汝の隣人を、疑え。誰もが疑心暗鬼に囚われ、この社会はただちに混沌の渦に飲み込まれるだろう。


 そして真に恐ろしいのは、敵はその事実を望むタイミングで明らかに出来る、ということ――


(……既に、どれだけこの社会に敵は浸透しているのか――)


 たとえば、政治家。たとえば、報道関係者。いつの間にか怪人が成り代わり、この日本を陰でコントロールしている――そういう可能性も、起こりえる。


(この事態を、放置していればだ! ――ここで食い止める!)


 総条大悟は拳を固める。そのための力が、この右腕うでにはある。




「――人型、思ったほど大したことなかったっすね。やっぱ人間に擬態するっつーことは、それだけ機能が制限される、と」


 刀をぶんぶんしてどろりとした白い体液を振り払おうとしながら、来谷らいやが軽い調子で言う。


「ええ、課長の腕も今回は無事ですし。胸核の爆発力もこころなしか弱かった」


 総条が殴り倒した怪人の胸に刀を突き刺し、繰矢くるやも同意する。


「…………」


 拳銃を構えはしたが手も足も出せなかった対策部の的利刑事はそんな若い課員二人に変な顔をしつつ、テナント内の捜索に動き出した総条の後を追う。


 デスクの陰には、若い男性が倒れていた。意識はないが、脈はある。気を失っているだけのようだ。


「男の持ち物から個人情報を探っていたようだな――これはますます――」


「成り済ますための準備――」


 しかし、倒れている男性の体におかしなところはない。まだ〝改造〟はされていないとみるべきか。恐らく、これから成り済ます予定なのだろう。そのための下調べを行っていたのか。



「なぁ、ずいぶん不躾じゃねぇかぁ~、捜査令状もってんのかぁ~?」



 突然の声、テナントの入口に差した人影――白い、人型。


「なっ……」


 その男は、全裸だった。全員が息を呑む。


 全裸の男が、二体の怪人を伴ってそこに佇んでいる――しかし、総条たちはその接近に気付けなかった。何かあれば気付けるはずだった。なぜなら、この場所は――


「ここは――!」



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