第3話 業欲の堪能者

1 Aパート




 【休日:ある建物】



 警視庁組織犯罪対策部との合同捜査により、強襲一課は『ネオ・ベータリアン』と関係あると思しき指定暴力団の事務所を突き止めた。


 対策部が別件で暴力団の金の流れを探っていたところ――医療設備や物資など、『ネオ・ベータリアン』の関与を疑わせる不審な取引を発見したのである。捜査の方針を変え組構成員の身辺調査を行う内、対策部の把握していない事務所を発見、今回直接乗り込むこととなったのだ。


「名目上は捜査一課が追っていた女子大生連続失踪事件の取り調べってことになってるが、中に入りゃ何か出るだろ――そのつもりで、あんたたちを呼んだんだからな」


 対策部の中年刑事・的利まとりの言葉に、強襲一課の総条そうじょう大悟だいごは硬い笑みを浮かべる。


「何も出ないに越したことはありませんが、捜査が進展しないのも困りものです」


「あぁ、まったく――嫌な仕事だ」


 刑事のスマホが震動する。別動隊からの連絡だ。


「ホシが来たぞ」


 建物の入り口ホールで待機していた総条たちに緊張が走る。一般人に紛れ気配を殺しながら、ホシ――ごく普通の……というにはやや強面の男性の動向を窺う。


 一般人も多数いるこの四階建ての建物のどこかに、ネオ・ベータリアンに繋がる何かがある――




 【同:ある建物】



 口を塞がれた女が、宙に浮いていた。



 ――ベータリアンとは本来、完全に独立した個体である。


 繁殖のために交配を必要とせず、寿命は定かではないが子孫を残すとするなら細胞分裂によって個から複数が生み出されたはずだ。

 そんな彼らが絶滅に至ったのは、ひとえに外敵による攻撃――つまり、大昔の日本人の手によるものだ。

 文化人類学的な見地によれば、日本人がベータリアンを滅ぼした理由は――異形に対する恐れ、であるとされる。

 つまり、人類は通信手段が発達するより遥か以前から、異形の存在を積極的に排斥する生き物だったのだ。

 たとえそれが、自分たちに害なす存在でなかったとしても――自分たちとは「違う」というただそれだけの理由で。



 肩から指先にかけての、腕――それが、それぞれが一つの生き物のように女の体にまとわりついていた。


 無数の腕である。


 包み込むように、締め付けるように、それは蛇のように縄のように、女の爪先から首までを覆い尽くしている。


 中でも一本の太い腕が、女の首にその爪を突き立てていた。



「いいよなぁ、イケメンとお洒落なレストラン。さぞかしいい気分だったんだろうよ。いい男に選ばれた、自分はいい女って優越感に浸ってたんだろうなぁ――そういう女がよぉ……」



 青くなる女を見据えるのは、椅子に深く腰掛けた痩身の男だ。


 いくつもの腕が繋がって絡まって、さながら一本の巨大の腕であるかのように――あるいは尾であるかのように、男の身体から伸びている。その腕は生き物のように女を捉え、掴み、男の眼前に晒している。


「俺みたいな醜いヤツを前にして、絶望してる顔――まさに天国から地獄。そういう顔が食欲をそそるんだよなぁ!」


 ボキ――


 軽快な音がした。直後、女の体が吸い込まれるように腕の蛇の中に飲み込まれていく。拳を歯に見立て、かみ砕くように殴りつけながら女の体を咀嚼粉砕し、蛇は蠕動しながら嚥下する。その行く先は、男の胃袋だ。腕の蛇は男の腹から伸びていたのである。

 やがて解けるようにいくつもの腕が離れ、男の身体の方へと収束していく――後に残ったのは、丸々と太った恰幅の良い男が一人。



 ――ベータリアンは捕食を必要としない。

 なぜなら彼らは、光合成によって栄養を摂取し、活動するからである。

 そのため彼らが人類の外敵になるはずもなく、むしろ――文化人類学的な見地によれば、人類はベータリアンを「珍味」として捕食していたと考えられている。いわゆる「人魚の肉」のように、食べれば不老長寿が得られるなどという迷信まであったようだ。


 そうして捕食されたベータリアンの因子が人類に影響を及ぼし――後に、「鬼」などと呼ばれる変異種の誕生に繋がったとされている。


 ベータリアンそれ自体は太古の昔に滅んでしまったが、その因子は今も人類の中に生き続けているのかもしれない――というのが、現在のベータリアン研究者による見解だ。



(ここに、殺人鬼がいる――)


 また一人、自分の連れてきた女が喰われてしまった――その光景をただ黙って眺めていた前野まえの正嗣まさつぐは、考える。


(ベータリアンは、捕食を必要としない。ではなぜ、この男は女を殺すのだろう。殺した女を喰うのだろう。――何が、ネオ・ベータリアンなんだ)


 あるいは、かつて存在したベータリアンもまた、このような残虐行為に浸っていたがために、人類に滅ぼされたのか――


「どうした、PDX01ゼロワン――不満そうな顔だなぁ?」


「いえ。ただ、なぜリスクを冒してまでこのようなことをするのか、と」


「お前ェ、これがオレのただの趣味だって思ってるなぁ? 確かになぁ、これは趣味だよ。でもこの世の理だ。……美しいヤツってのは、醜いものから搾取するんだ。食い物にするんだよ。イケメンが女を喰うように、女が男をカモにするみたいにな。オレはなぁ、ただ弱肉強食ってやつを実践してるんだ。喰う側っていうのはつまり、美しいってことだからな」


 ……言っていることがよく分からない。


「オレは美しくなりたいんだ。これはそのための努力であり――ちゃんと、組織のためでもある。確かにドクターはなるべく多くのサンプルが欲しいんだろうが、同じくらい強力な戦力を欲してる。俺が美しくなるってことは、強くなるってことなんだよ。……所詮、俺は混ざりものだからなぁ。喰わなきゃやってけないしなぁ――」


 と、男の座る席に置かれていたスマホが震動する。噂をすれば、だ。


 男――手束てづか未散みちるが電話に出る。


「ゼロワン、仕事だぜぇ――お客さんだ。腹ごなしがてら、また喰うとしますかねぇ」



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