2 Bパート
【休日:遊園地、???】
第一の印象として、それは長身で猫背の成人男性だった。
しかし、
全身が汚れた白色をしていて、さながらセメントで隙間を埋められた全身骨格だ。けれどガイコツとするには些かマッシブで、存在感に密度がある。長身かつ痩身だが、膝下まで垂れた
顔面は無貌。
そこには目もなければ鼻もなく、口も耳も、顔を構成する要素の一切が欠落している。ゆで卵のようにつややかだが、見ようによっては包帯を巻いたミイラ男のように映るかもしれない。その貌にはいくつか、横に入った線が見える。あるいはヒダのようなものか。呼吸のような蠕動が、貌のヒダを主張している。
白面異形の怪人――
それは突如、愉しい雰囲気に満ちた人混みの中に現れ、喧騒を混沌に変えた。
一体だけなら、まだ遊園地のキャラクター、着ぐるみ姿の従業員だと思われただろう。しかしその数、十数体。それらが突然、まるで人間のフリをやめたかのように、人々の中に現れたのである。
着ぐるみにしては生々しい。催しにしては忌々しい――それらは紛れもなく、先日の大学襲撃事件で確認された怪人たちであった。
人々が泣き叫ぶ。我先にと逃げ惑う。
先刻の親しみが嘘のように、乱雑に撹拌される人の群れ。夫婦は離れ、親は子を、子は親の名を叫ぶ。泣き叫ぶもの、逃げ惑うもの。立ちすくむもの、倒れ込むもの。助けるもの、踏み越えるもの。薙ぎ払うモノ、まき散らすモノ――インスタントな地獄絵図を、愉快に見下ろすモノ――
「さァ、出てきなさい試験体X――
【休日:遊園地(地獄)の
崩壊した人語が飛び交う。それはもうケモノの唸りと大差ない。悲鳴、怒号、実装された地獄に相応しい喧騒は、同心円状に拡張されていく。
まるで引力でもあるかのように、逃げ出そうとする人が人を追いやり阻み、
……あぁ、孤独を感じる暇もない。
みんな揃って
人混みから弾き出されていたのが幸いした。その地獄を客観できたのだ。
「…………」
思考は冷徹だった。この状況を前にいっそ笑えるくらい、どこまでも――落ち着いている。
「あ、アキス……」
「……行こう、少しでも離れるぞ」
アキスは
「ケーサツに電話しろ」
じゅうぶんな距離をとってから、それまで大事に抱えていたリュックを春原に押し付ける。遊園地からの脱出は難しい。どこか、安全な場所に隠れていろとお化け屋敷に突き飛ばす。
「ちょっ……!? アキスはどうすんの……!?」
「逃げる」
「はあ……!?」
「逃げられる場所を探す。そっから警察を誘導できるならするから、お前は通報しろ」
「わ、分かった……」
分かっていないようだが、とりあえず頷いた。
春原が奥に入るのを見届けてから、お化け屋敷に背を向けて歩き出す。
耳を覆いたくなるような雑音に交じって、アトラクションの発する機械音、今や場違いなBGM。
辿り着いたのは、怪物の暴れている――加虐領域は人混みのあった広場。被害を免れた他の客や従業員が逃げたり遠巻きに眺めたり――状況は悪化の一途をたどる一方だ。
どちらかといえば、暴れているのは人間たちか。怪人はあまり動かない。逃げ惑う人々にその巨腕を振るい、なぎ倒し、それが連鎖し血飛沫が舞う。人々は飛んで火にいる夏の虫のごとく、自ら被害を被っているようにも見えた。
殺しているのは怪物じゃない――人間たちの混沌だ。怪物の方がよっぽど理性的である。
(……俺は、何をしにここに戻ってきた?)
ただ、突き動かされた。そうすべきだと思った。……なぜ?
じきに誰も動かなくなるだろう。今更手を出したって、救えないものは救えない。むしろ、どうしてもっと早く/どうしてあのとき逃げ出した――責められる理不尽が――決して報われることはないのに――
――困っている人を見過ごせないものなのです、人間なので。
「クソ……!」
帽子とサングラスをかなぐり捨てた。白髪に赤い瞳、すでに異様なこの相貌――
青白い首に巻き付いた黒いチョーカー。首輪のようなそれに触れる。
瞬間、電流が走る。全身の細胞が刺激、励起される――脈拍の上昇、体温の過剰、充填、燃焼――発熱、発火。
内蔵されたタイマーが時を刻む。リミットは、三分。
【白熱領域】
白煙が立ち込める。その向こうに垣間見える
全貌は知れない。蒸気が覆う、鎧のように。あるいはそう、モザイクのように――他者の眼を守るように。揺らめくその輪郭は痩身の少年のようにも、強壮な大男のようにも映る。
新たな地獄がそこに在った。それが人混みに歩み寄る。近くの人間が悲鳴を上げる。肌に走る熱、痛み、叫びをあげて逃げるのは白貌のもと。狂乱したのか、しかしてその自殺行為は見逃された。
白貌たちが動きを止める。人々はようやく解放される。逃げられない人々は、創傷をより損傷する。蒸気は痛みを伴って、その傷を溶接癒着し気を失う。
意識を持ってそこに立つのは今や、白煙と白貌の群れだけとなった。
「Fuuuu――!」
ケモノのごとき息遣いの直後、白煙の怪人が奔った。
目にも留まらぬその速度――蒸気がつくる一方的な
動揺が戦慄が恐慌が、走る、奔る、疾駆る――!
怪人たちは明らかに動じていた。立ちすくんでいた。立ち尽くしていた。燃え尽きるまで。生存本能が
爆発が蒸気を払い、垣間見せる
一方的だった。
赫い眼光が、白煙を切り裂き続ける。
断末魔を伴って。
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