第1話 不加虐の変貌者

 1 Aパート




 【休日:遊園地】



 ――俺の名前は『アキス』……空き巣どろぼうでは、ない。


 ……正直、自信はないが。


 色素の失われた白髪を隠すような黒い野球帽、赤い瞳孔を透かすのは黒いサングラス。薄地のパーカーにはフードがついていて、それを目深に被っているものだから、傍からすれば不審者以外の何者でもない壊滅的ラフスタイルである。加えて言えば、古いリュックサックを胸にかき抱くようにして持っているのもあって、今の彼は窃盗犯もしくは爆弾魔と疑われても文句は言えない見た目をしている。


 隣ではしゃいでいる可愛い子どもがいなければ、きっと彼は今頃、警備員に捕まっていたことだろう。


 しかしそれもこれも、もとをただせば遊園地こんなところに行こうと言い出したのはその子どもな訳で、冒さなくてもいいリスクに身を晒している彼の立場からすれば、感謝するよりむしろ謝罪を要求すべきなのかもしれない。


「アキスぅ~、楽しんでるぅ~?」


 と――袖のないシャツにショートパンツという、後ろ暗いものは何もないとばかりにやたらと露出の多い格好をした子どもが、人をナメ腐ったような声を出した。


「……人混みの中で揉みくちゃにされた上、目的の観覧車とは別方向に吐き出されたんだぞ……」


「雰囲気を楽しむものだよっ。こういう雰囲気にはアルコールと同じ成分が含まれているのだっ」


 そいつは、見た目だけなら可愛い子どもだ。子どもといっても良くて中学生、最悪だと小学生くらいで、実際のところは高校生。まあなんにしろ彼ことアキスからすれば年下のクソガキだ。


「未成年がよぉ……」


「だから雰囲気だけで我慢するのです」


「……なんで遊園地くんだりまで来て、なんのアトラクションにも乗らずに雰囲気だけで満足できるんだ……?」


「お? ということはアキスぅ、アトラクション乗りたい系?」


「……うるせえ……」


 既にアルコールが回っているのかもしれない。アキスは二日酔いみたいにダウナーだし、そいつこと春原はるはらアキラは狂ったように元気いっぱい。今にも唄い出しそうだ。その雰囲気はまさしく、遊園地を楽しむ子どもそのものである。


 ――遡ること一ヶ月ほど前、市内の大学が謎の集団に襲撃される事件が起こったという。

 多くの死傷者、失踪者を出したその事件は連日報道されたが、犯人集団の正体は依然不明。それ以降、集団が大々的な活動をすることはなかったが、各地でその関係と思しき事件が多発――世間は外出自粛ムードとなっていた。


 しかし、緊張状態は長く続くものではない。平和慣れした日本人はすぐさま本来の気質を発揮、しばらく休園が続いていたこの遊園地も息を吹き返して平和を謳歌し始めたのがつい先日のこと。


 アキスと春原もまた自分たちが日本人であることを思い出したかのように、こうして遊びに来ているという次第だ。


(いや、俺は別に来たくはなかったんだが。むしろ今すぐにでも帰宅したいんだが)


 家に籠ってばかりではいけない、たまには〝陽の気〟を浴びるべきだ、と世話になっている博士に諭され――ついでに、暗澹殺伐としていた世間によって陰鬱ムードに陥っていた近所のクソガキを外に連れ出すようにと……出来る大人の気遣いを学んだ結果がこの通りである。


「いやだって、現実問題、アトラクションとかつまんないっしょ? メリーゴーラウンドはお年寄りの乗り物だし、ジェットコースターはボクの身長だとギリ乗れないし。アトラクションよりアクションしたいお年頃」


 あいだをとって観覧車にいこうとしていたのだが、この通り、遠くに屹立する運命の輪は、哀れな地上人たちを見下ろしている。


「……じゃあなんで行こうって言い出したんだよ」


「雰囲気を楽しむためって言ったじゃん。ザ・遊園地、ザ・平和――そんな感じするでしょ?」


「果たして本当にそうだろうか……」


 平和な賑わいを見せている遊園地。子どもを連れた夫婦/仲のよさそうな男女/きんきん甲高い声を上げる少女たち――まあ、確かに平和っぽい感じはする。


 単純に、賑やかで、楽しそうで、人の多い場所に来たかったのだろう。居たかったのだろう。家にいてもお互い一人、近所は寂れた別荘地帯。孤独を埋めるための外出なのだろうが――


(人がいれば、いいってもんじゃない)


 ここはまるで異世界だ。俺はまるで――



「いやぁああああああ……――!」



 ……迷子みたいだ、と。


 どこからか、甲高い叫び声が上がった。それはジェットコースターを楽しむ声でも、親とはぐれた迷子の泣き声とも違う――もっと、切迫したものだった。


「? どっしたのアキス?」


「いや……」


 平和な雰囲気は一転、どこか物々しいものに変わる。「焼きたての――/ただ、まだ騒ぎにはなっていない。今の悲鳴は、愉快な喧噪にかき消されてしまったのか――「ポップコーンはいかがガガガガ!


「!」


 突如、人混みの彼方むこうで爆発が起こった。

 それは明らかな異変だった。

 平和が変貌する。その裏に隠れた悪意を晒す。



「キイィィィ……!」



 金属をノコギリで切断しようとするような、そんな金切り声がこだました。



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