怪人X -Reincarnation-

人生

序章 異形の来訪者

 0 オープニング




 【一ヶ月前:大学、ホール】



「超自然生命体に関する研究報告――黒宇頭くろうず亜郎つぐろう



 生物学の合同研究発表会の会場ホールにて、空須磨からすまルークは受付テーブルに積まれたパンフレットを捲っていた。


「なんだ、興味あるのか? アキス」


 と、一緒に受付バイトをしている幼馴染み――件の黒宇頭研究室に所属している友人はスマホから顔を上げ、たずねた。


 当事者相手に興味がないと正直に答えるのもなんなので、暇潰しがてら空須磨は頷いてみせる。会場では既に各研究者たちによる講義が始まっているし、今更やってくる来場者もいないだろう。


「超自然生命体っていうのはな、かつてこの日本に存在したとされる――第二の日本人、あるいは〝日本人になれなかった人種〟――日本人アルファに次ぐベータという意味で、『ベータリアン』と呼ばれている」


「エイリアンみたいなものか?」


 ちょっと興味が湧いてきたので質問を振ると、友人は嬉しそうに、


「ニュアンスは近いかもしれない。僕たちとは身体構造が大きく違う……そうだな、特撮に出てくる怪人みたいな姿をしていたんじゃないかと思われている。そいつらは日本人モンゴロイドとは異なる……あるいは現生人類ホモ・サピエンスとも異なる種。日本には太古、そうした存在がいたんだ。現存する日本人の祖先によって滅ぼされたんだが、もしも彼らが生き残っていたら、今頃『日本人』を名乗っていたのはそういう怪人だったかもしれない――」


 つまり、黒宇頭研究室ではそうした怪人の研究をしているらしい。早口で長々と語る友人に呆れながら、適当に相槌を打つ。


「実は先日の発掘調査でベータリアンのものと思われる化石が見つかって――」


 夢中になれることがあるというのは、いいことだ。それがなんの役に立つのかとか、それで生計が立てられるのかはともかく、すべきことがあり、目的があり、そのために頑張ろうと思えること――とうの昔に絶滅した、特撮作品の怪人研究の何がそこまで面白いのか共感は出来ないが、そんな友人を羨ましいと感じる。


(俺は、何も――)


 友人の講義だけが聞こえる静かなホール入口に、不意に複数の足音が響いた。


 開放された正面玄関から、白い男性を先頭に黒ずくめの集団がやってくる。


「団体さんだ」


「どこかの研究室かな?」


 先頭の中年男性は肌の色も服も白く、そしてとても細かった。白衣のポケットに片手を突っ込み、もう片方の手は杖を握っていた。枯れ木がボロ布をまとっているかのような彼は、片目にかけたモノクルの奥の眼を大きく見開き、


「失礼しますよ」


 笑いを含んだ甲高い声――直後、男は白衣のポケットから、黒い金属塊を取り出した。


 拳銃だった。


「……!」


 空須磨はとっさに友人を突き飛ばしていた。


 ピュン――と、微かな空気音。サイレンサーで消音された銃声。


「ぁ――、」


 ばたりと、世界が暗転する。


 ははァ――達したような嘲笑が聞こえた。


「さて、行きますよォ――ポーンデッド」


「ィ――イイイイイイ……!」


 薄れゆく意識の中――黒ずくめの集団が変色する。黒い衣服コートを脱ぎ捨て、その下に隠されていた白濁色しろい外殻はだを晒す。皮膚も、毛もなければ、血管すら浮き出ていない……骨そのもののような姿。それでいて硬質な印象はなく、むしろゴムをまとっているような質感。不自然に長い前肢うで、爪のように鋭利に長い五指――違和感を伴った靴音を響かせ、その集団は講義会場へと歩を進める。



「本日が我々の夜明けです――人類を新生アップデートさせましょう! マスター・クローズがもたらす変革を、この世界に!」



 アキスぅううう……! ――友人の絶叫を最後に、空須磨ルークの意識は途絶えた。




 【一ヶ月後:ある雨の日】



 白貌の怪人の表皮はまるでゴムのように焼けただれ、蒸気をまとう五指をいともたやすく迎え入れる――


「イィィィ……!?」


 胸部中央、だった。


 全身から湯気のようなものを放出する人影が、白貌の怪人の胸にその指を、拳を突き入れていた。


 そして、掴む――握りしめる。


 グッと力を込め、人影は怪人の胸からその心臓を抜き取った。


 摘出に伴い、怪人の上体が反り返る。痙攣し、すぐに力が抜けた。膝が折れ、地面に墜つ。祈るように、許しを請うように、こうべを垂れたまま動かない。その活動は、明らかに停止していた。

 鮮血はなかった。あったのは白濁とした粘液。胸部からわずかにこぼれたそれは、にわかに降り出した雨粒によって滲み、融け、そして消えた。


 ――握り潰す。


 瞬間、拳の中で起こる爆発。腕の周りの蒸気が吹き飛ぶ。刹那露わになったその相貌は、怪人のそれとよく似ていた――


「――――」


 雨粒が蒸気を打ち消していく。だんだん激しくなる雨勢が暴き出すのは、剥き出しハダカの青年だった。


 彼はかつて、■■■■■■と名乗っていた。


 今もう、何者でもない――



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