2 Bパート




 【喪霜もしもモール4F/総条そうじょう



「俺の名はぁ――『ハンドレッド』!」


 床に倒れていた怪人がびくびくと痙攣し、まるで塩をかけられたナメクジのように体積が縮小していく――溶けていく。その白濁色の液体は彫刻の男の足元に集まり、その肌に染み込んでいく――


(まさか、お供の〝じゃんけん怪人〟を吸収したのか……?)


 体内を虫が這っているかのように、男の足首に膨らみが生まれ、それが徐々に上へ上へと昇る。男の腹が膨れ、萎み、比例するようにその右腕が膨張し始めた――


「ハンドレッド・手束てづか未散みちるさまだぁ……! 俺の名前を憶えて逝きなぁ! きっと知り合いたくさん出来ると思うぜ地獄でなぁ!」


 まるでバットをスイングするような動きで振り回したその右腕から――無数の腕が射出される。肩から指先にかけて一本の腕が、手首だけの拳が、総条目がけて殺到した。


「ショットガン・パンチ!」


「く……!」


 とっさに横に跳ぶが、腕の一本が総条の右肩をかすめた。スーツの袖が裂ける。爪であった。袖に引っかかった指を異様な方向に折りながら、その腕は総条の背後のシャッターに激突。他の腕も殺到し、大小さまざまな凹凸を生み出す。


(人間の腕のようなものを無数に生み出せるのか……? これまでの怪人とは何もかもが違う!)


 総条は左手で拳銃を抜く。


(しかし――的利まとりさんが発砲した時、あいつはお供を盾にした――人間に擬態するタイプは恐らく、通常の白兵よりも脆い……!)


 男――ハンドレッドがもう一体の拳頭の怪人の背に触れる。


「ところでよぉ、あんたさっき考えなしにぶん殴ってきやがったがぁ――」


 拳のような形をした頭部が爆発し、中から再び無数の手首が放たれ、総条を襲う。


(射出は一直線。放たれた後の腕に動きはない。コントロールできる訳ではない――)


 残った首から下の胴体は、先ほどと同様にハンドレッドの体内に吸い込まれていく――


「聴こえるかぁ……? 下に落ちた俺の〝手首たち〟が、哀れな一般人どもの首を折って回ってるぜぇ……!」


「!!」


 一瞬、気を取られた。


 気付けば、足元に無数の手首が散らばっていた。先ほどの爆発によって生じたものだ。微動だにしなかったそれらが、不意に動き出し――総条の足首に掴みかかる。


(クソ――コントロール可能か!)


 足に群がられ、身動きが取れない。そんな中、再びハンドレッドの左腕が膨張を始める――


「課長!」


 背後で金属音がしたかと思えば、シャッターを切り裂いた来谷らいや繰矢くるやが加勢に入る。瞬時に状況を察し、拳銃をハンドレッドに向ける――総条の足を拘束していた握力が弱まる――ハンドレッドの左腕が花のように裂け、巨大な壁となって弾丸を食い止めた。


(射出した手首をコントロールは出来る、しかし意識を取られる訳か。ならばコントロールする余裕を奪う――!)


 総条は足元の手首を蹴り払い、前に向かって駆けだす。背後のシャッター前に落ちていた複数の腕がこちらを向く。


「来谷、繰矢、弾幕を張れ! 二方向から撃ち続けてヤツの思考力を割き続けろ!」


 叫び、総条は肉壁に向かって突貫する――鉄腕、起動!




 【同/ハンドレッド】



 ハンドレッドは焦燥していた。


(この男イカれてんのかこの俺が恐くないのかよぉ――!)


 本体左腕を膨張拡大し作り上げた肉の壁を広げ、押し寄せる弾丸の洪水から身を守る。拡大の寸前、眼鏡の刑事がこちらに向かってくるのが見えた。


(クソ――視界は遮られたが、問題ねえ! あれは全部俺の〝腕〟だ、目視できなくても動かせる! 集中しろ、集中しろ……!)


 右腕もまた膨張拡大し肉の壁をつくり、左右からの銃撃を防ぐ。そうしながらハンドレッドは必死にシャッターに張り付いた無数の腕に念を送る――ベータリアン感応波によって、ただの肉塊と化していた腕の神経が復活する。


「俺はなぁ――右利きなんだよぉ……!」


 シャッターの方に腕が自立し、五指をうねらせて走行する。とにかく眼鏡の気を逸らせ――本体左腕でつくった肉壁を、切り離す。愚直にも突っ込んできた刑事に網をかけるように、肉の壁が覆いかぶさる。


(俺には三つのコアがある……! 自爆しろ……!)


 取り込んだ二体の怪人から摂取した胸核の一つを本体左腕に転移、熱暴走を促す――肉壁ごと爆発させる!


(俺たち怪人の活動源……! その暴発は自身の肉体すら粉微塵にする爆弾そのもの……! これを喰らえば――何ぃいい!?)


 内側から暴発し天井や床、シャッターに白い肉片を撒き散らした肉壁――だったが、爆発の寸前、肉壁を鉄の鉤爪が突き破っていた。


 眼鏡の刑事が飛び出してくる。その鉄腕の五指には、鉤爪が生えていた。


(こいつはサイボーグか……!?)


 ――肉薄される――ハンドレッドはとっさに防御態勢をとったが――


(待て待て待て待手ェ……!)


 刑事の狙いは胸の核――胸から腕を生やしその攻撃を受け止めようとするが、銃撃への対応が疎かになっていた。左右に回り込んできた刑事たちが発砲し、ハンドレッドは足を被弾する。痛みが、神経を焼く。


 その隙に――鉤爪が、ハンドレッドの胸を貫いた。


「だがぁ……!」


 まだ、手はある。本体核を貫かれたが、暴発する前に――残る核と脳部を分離すれば――刑事の右腕は。このまま巻き添えにして、


「いいことを教えてやる」


 咆哮するハンドレッドの口に、拳銃が突き刺さっていた。


「俺は、左利きだ」


 弾丸を喰らえ。



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