第4話 侵触の異能者

1 Aパート




 【休日:喪霜もしもモール4F】



 爆園ばくえん会組員の男が訪れたのは、喪霜市でも最大規模のショッピングモール、その名も『喪霜モール』であった。


 総条そうじょうたち合同捜査班は何も知らない一般客に紛れながら男を尾行し、四階の空きテナントを強襲――ネオ・ベータリアンの擬態型白兵三体を撃破。一般客への発覚を避けるため、刀による対処を敢行した。


 そう、ここは休日のショッピングモール――いくら四階付近が改装中の空きテナントばかりとはいえ、他の階には一般人が大勢いるのだ。怪人がここまでやってくれば、必ず誰かが気付き、悲鳴を上げる。


 にもかかわらず――


(こんな全裸の男に、誰も反応しなかったのか……!?)


 総条は驚愕する。


 その男は、全裸だった。それも、ただの全裸ではない。まるでボディスーツでもまとっているかのように、全身が白濁色をしている。加えて、その股間にはおよそ性器らしいものが見当たらないのだ。つるんとしている。一見するとタイツか何かをまとっているようにも見えるが、そうではない。


「き、去勢した、ダンテ――」


 衝撃のあまり来谷らいやが意味不明なことを口にしているが、ニュアンスは伝わる。


 その男はまるで、大理石でつくられた彫刻のような見た目をしているのだ。

 美しさを追求してつくられたかのような――


「美しいってことは、服を着る着飾る必要がないってことなん――」


「!」


「おっと――」


 的利まとり刑事が銃を向けた。男を庇うように、その傍らに付き添っていた白貌の怪人の一体が――これまでの個体とは異なる、まるで頭部が巨大な握り拳のようなかたちをしている――それが、銃口の前に立ち塞がった。


 銃弾は、その拳に――グパぁっと開いたその手のひらに防がれた。


「ご挨拶じゃねえか。日本の警察ってのは野蛮だなぁ――」


 この男は、人間じゃない。

 思考を切り替え、総条は己の拳を硬く握りしめ――突貫する。


「おおおおお!」


 男を狙うも、その前に拳頭の怪人が立ち塞がる。総条は怯むことなく、グバぁと開いたその手のひらに拳を打ち込んだ――


「うおっ」


 男が思わず声を上げ――その彫刻然とした見た目には似つかわしくない反応速度で横に逃れる。吹っ飛ばされた怪人の首から下が床に倒れ、総条の拳を直に受けた拳状の頭部がテナントの外、通路の手すりへ激突した。ガラスが砕け、階下へと怪物の残骸が落下する――


 遅れて、墜落音。それから悲鳴が上がった。


「くそう、馬鹿力かよ。頭おかしいだろ、それでも人間かぁ!?」


「的利さん! 至急、他の階の捜査員に連絡を――民間人を避難させて――」


「てめぇらここがどこだか分かってねえみたいだなぁ……!」


 直後である。


 ガラララ――激しい金属音が響いたかと思うと、モール内がわずかに薄暗くなった。さながら太陽が雲に隠れたように――


「なん、だと……!?」


 モールの外壁を、シャッターが覆っていたのである。


(入口が……出口が封鎖された……!)


 目に見える範囲では――まず、総条の背後、彼が今飛び出してきた空きテナントの入り口にシャッターが下り、内部にいた三人と分断されてしまった。男の向こう、吹き抜けを挟んだ反対側の通路にあるテナント群もシャッターを下ろしている。レストランがあったはずだが、それもシャッターに覆い隠されどこにあったか分からない。恐らく、テナント内の窓にもシャッターが下りているはずだ。

 通路にも等間隔でシャッターが下りている――突然の遮断に対応できず、巻き込まれ負傷した人々の叫びが聞こえる。


「飛んで火にいるなんとやらってなぁ――このモール全体が、俺たちネオ・ベータリアンの〝秘密基地〟なのさぁ……!」




 【同1F、コントロール室】



 そこは、彼らにとって恰好の狩り場だった。


 全く警戒していない人々が集まり――たとえば、気に入った服を試着しようとして、衆人環視のない個室に入った時。たとえば、用を足そうとしてトイレの個室に入った時。たとえば、階を移動しようとして乗り込んだエレベーターで――ひとりになった瞬間に、彼らは人間を捕獲する。


 同伴者が迷子センターにやってきて、館内放送を利用する――それさえも、彼らの計画の内。迷子は現れず、同伴者は連絡先を係員に伝える。後日、改造した迷子を送り届ける。そうやっていとも簡単に、人間社会に忍び込む。最初は一人の親、それがいつしか家族全員に。人に成り済まし、着々と侵略を進めていく――


 ショッピングモール――まさかこんなところに悪の組織が潜んでいるなど、誰も気づくまい。


「くっくっく――この基地を失うのは惜しいが、代わりに屈強な捜査官サンプルが手に入ると思えば採算もとれるというもの。ベースによって個体差が出る以上、ただの一般人ではいくら数がいても仕方がないですからねェ」


 ネオ・ベータリアンの研究者・ドクタークライシスはほくそ笑む。


 彼の眼前には、モール内の防犯カメラの映像が映し出されている。複数のモニターに映る、恐慌に駆られる人々の姿。シャッターにより逃げ場を失った彼らの前で、店員たちが白貌の怪人へと変貌する。人々に襲い掛かる。潜伏していた捜査員が銃を抜く。その背後から異形が迫る。本日は出血大サービス、人間たちがより取り見取り。


 一階のイベントホールに墜落した拳型の頭部が飛散し、無数の手首となって床を這い回っている。五指を脚のように使い、悲鳴を上げる人々の体に取りつきその首を絞めていく――


「おやァ……?」


 ドクターは二階のカメラ映像に注目する。手すりから身を乗り出し階下の惨状に気をとられている、フードを目深に被ったあの青年は――


「これは思わぬ展開ですねェ……。このアジトの戦力在庫なら、彼を捕らえることも――身辺調査をしながら、着実に包囲を狭めようと考えていましたが、やれる時にやってしまいましょう。ここにはちょうど『ハンドレッド』もいる――PDX01」


「は――」


 ドクターの背後、暗がりに立っていた青年が反応する。


「ポーンデッド・ナイトを起動しなさい。総力戦ですよ」



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