第5話 黎明の覚醒者

1 Aパート




 【回想/怪人X】



 自分が何者なのか――母胎の中にいながら、己について思考していた。


 覚醒し、自らが『前野まえの正嗣まさつぐ』という青年だったと知る。


 前野正嗣として生きた十数年の記憶がある――しかし、まるで他人事のようだ。その青年の記憶をインストールされた器――自分がまるで、人形つくりものであるように感じていた。


 与えられた任務を、ただ遂行する――そこに感情はない。


 なかった。


 ――あの青年と出逢うまでは――



『前野!』



 銃声――凶弾に、彼は倒れた。


『……助けを、呼ぶんだ。俺に、構うな――そうだ、昔……見た事がある。親父の部屋で、資料を……。あれは、ベータリアン――あれは、この世界にいちゃ、いけない――危険な……』


『もういい! 喋るな! 通報はし、た――おい! どこにいくつもりだ!?』


黒宇頭くろうず亜郎つぐろう……俺は、その人を知ってる――あの人を、助けないと――』



 ――なぜ、赤の他人のために命を張れるのか?


 やりたいことがないのだと言っていた。それはつまり、命が惜しくないということなのか――


 それとも。


 それが、彼にとっての――命を賭けても、やりたいことなのか――


 それが、人間であるということなのか。




 【喪霜もしもモール1F/アキス】



 ポーンデッド・ナイト――それは他の怪人と異なり、灰色をしていた。

 違いはそれだけではない。その丸太のように太い両腕――右腕は槍のように鋭利に尖り、左腕はさながら前腕が盾のように平たくなっている。


 その特殊な個体の他に、見慣れた白貌の怪人が複数――ぞろぞろと、他のエリアからも怪人が集う足音が聞こえてくる。


 イベントステージ脇には、彫刻の残骸のような何かが散らばり、その上に右腕が半壊した、スーツ姿の男が転がっている。上階から落下してきたのだ。


「おやおや、ハンドレッドがまさかここまで追い詰められるとは――まァ、こちらはなんだかんだ実戦慣れしていませんからねェ、大目に見ましょう」


 枯れ木がボロ布をまとっているかのような、あるいは人皮を貼り付けたガイコツのような男だった。


 アキスはその男の名前を知らない――しかし、知っている。


 ドクタークライシス――『ネオ・ベータリアン』の研究者。


 今、その男は拳銃を手に、アキスと、春原はるはらの前に立っている。無数の怪人を背に引き連れて。


「さて、空須磨からすまルークくん――何はともあれ、絶体絶命ですねェ?」


「あんたは……、なんだ? 何が目的だ?」


「単純に、我々は興味があるんですよ。実はね、もっとゆっくりじっくり時間をかけて、なぶるように君の社会生活を破壊し、居場所を奪い、弱ったところを捕らえて洗脳するつもりだったんですが――都合の良いことに、そちらの……お嬢さん? ……ぼく?」


「どっちでもいいでしょ!」


「まあそうですねェ――ともあれ、第三者がいる。このままでは、その子ともども皆殺しですが――どうしますゥ?」


 こいつは――


(俺に、人前で変身させたい訳か――)


 何も知らない春原の前で、どこかで生き残りこの様子を窺っているかもしれない生存者の前で――変身しなければ、殺される。しても、未来はない――



「逃げろ! そこの一般人!」



 血を吐くような叫びと共に、右腕の半壊した――総条そうじょう大悟だいごが身を起こす。


「脳部の回復に時間がかかってますか――ハンドレッド!」


 機能停止していたはずの――周囲の人々の首を掴んでいた手首が、動き出す。


「く、この――まだ回復するのか……」


 総条が蠢く手首群に発砲するが、眼鏡が割れているせいか照準が定まらない。


「よそ見をしている暇はないですよォ!」


 ドクタークライシスの叫びに呼応し、ポーンデッド・ナイトがその右槍を振るった。


「ッ」


 寸前でそれをかわすが、連撃は続く――そして、


「ニィ――」


 この上ない悦びを噛み締めるような歪んだ笑みを浮かべ、ドクタークライシスがその銃口をアキスに向け――引き金を、



「あ――?」



 引き金は絞られ、弾丸は射出した。

 それは着弾し、白い液体をまき散らした。



「なっ……!? PDX――っ!?」



 一体の怪人が、アキスの前に躍り出たのだ。


 まるで凶弾から、人間を守ろうとするように。


 ――訳が分からなかった。


 爆散する――同じ顔をした怪人たちはそれをただ見つめている。

 生みの親である狂人は歯を剥きだして怒りを露わにしていた。


 誰でもない。何者かも分からない怪人X――その死が、その一瞬が――



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