第15話 元祖七不思議のプライド
「――なあ、もしかしてお前……スカウトして欲しいのか?」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!」
花子さんが両目をかっと見開きながら赤面する。
「む? どういうことだ? 龍太」
「そのまんまだよ。彼女、口ではああ言っているが、どうやらスカウト待ちらしいぞ?」
「なんですと!?」
「そんなわけないでしょっっ!!」
図星を突かれたからか、花子さんの声が上擦り、興奮して身体をプルプルと震わせている。かたや燕はそんな花子さんに
「花子さん~~、スカウトしてほしかったのなら最初からそう言えばいいだろう? あ、初出社は明日で良いな? ふへへ」
「は、はあ!? アタシは」
すでにスカウト完了とばかりに、安堵しきっていた。顔の筋肉も緩みまくっている。
「アタシはアンタらなんかと――」
「おい燕、だからここはしゃんとしとけって」
そのだらしなくニヤついた顔に、龍太が軽くデコピンを喰らわせる。
「ぎゃっ! いっ痛い! 酷いぞ龍太!」
「痛くねーだろ! 力入れてないぞ!?」
「――あ、あのね、アタシは……」
「それでも力加減というものがあるだろう! 今ので頭蓋骨が粉々に割れた~~っ」
「割れるかっ! いちゃもんつけるなっ!」
「アタシは…………」
「うわあああああああん」
「駄々をこねるなっ! すぐひっつくな――――っ!」
「うるせええええええええええええええええええええっっ!!!」
シン。一瞬で、女子トイレに静寂が訪れる。
花子さんの顔は先程の羞恥の赤面ではなく、憤然と火照りきっていて
「――アンタら、アタシをスカウトしにきたのよね!? つまりアタシが主役なのよね!? アタシがメイン! アタシがキーパーソォン!!!」
「……ええと」
「そ……そうだが」
「だったら無視するなあああああああああああああああああああっっ!!!」
そのまま花子さんは、トイレの床に崩れ落ちていった。まるで土下座のような体勢で、何度も右拳を床に打ち付ける。
「ちくしょおっ! スカウトがきてっ、ようやくアタシの時代だって思ったのに! こんな奴らにまでっ! 舐められるなんてっ! あんまりだアアアアアアアアっ、アアアアッアアア!」
狭いトイレ内に花子さんの慟哭と嗚咽が響く。
そういえば、この声は外には漏れていないのだろうか? 花子さんの声が誰かに聞かれるのは、さすがにまずいかもしれない。
龍太と燕が、お互い困ったという感じに見つめ合い、咽び泣く花子さんを見下ろす。
「ど、どうしたんだよ……おい」
先に口を開いたのは龍太だった。続いて燕も
「す、すまない花子さん……傷つけるつもりはなかったのだ」
さすがにこれには負い目を感じたようだった。
「うっぐすっ、ずるっ……ずびーっ」
少し落ち着いたのか、花子さんが顔を上げる。
「「ひぇっ」」
派手なメイクは涙と鼻水でぐしゃぐしゃに崩れ、その顔はもはやヤマンバどころか異形の怪物へと変貌していた。龍太と燕の肩が跳ねる。
「…………なによ」
黒い液体が流れている目で、ギッと二人を睨む。
「いっいや、別に」
「顔が化物みたいだぞ」
「!? おい燕!」
慌てて燕の口を塞いだ。まったく、どうしてこの子は思ったことをすぐに言ってしまうのか……脳味噌と口が直結してるんじゃないか?
しかし花子さんが逆上することはなく、再び目を伏せると、大きく長いため息を吐いた。
「――ああ、もういいわ……もう」
こっちはこっちでさっきから怒鳴ったり泣き出したり落ち込んだり、情緒不安定か!
龍太は二人の間に挟まれながら、どうしたものかと頭をかきむしる。
「花子さん、俺はその……あんたの事情はさっぱりわからんが……とりあえず、何か言いたいことがあるなら、聞くからさ……あ、だからって俺は何もできねーけど……燕なら、なっ?」
「あ、ああ、もちろんだ! 花子さん、我は何でも力になるぞ!」
花子さんと目線が合うように、燕も床に座り込む。
女子トイレの床で向かい合う二人。なんともいえない……というか汚いよ君たち。
龍太は若干たじろぎながらも、ここは燕に任せることにした。
今の自分に出来るのは、このトイレに誰も入ってこないよう入り口のドアを塞ぐことだ。龍太はドアに一番近い個室の壁にもたれながら、二人の様子を見守る。
花子さんは目の前に座った燕をチラリと目視すると、「うー」だの「ああー」だのしばらく唸りながら思案する。
そして少し沈黙した後、花子さんがゆっくりと口を開いた。
「…………アタシは……人気者なの」
……………………。
「む?」
「は?」
「――ううん。アタシ、超人気者なの。アンタ達みたいなお子様にはわからないでしょうけど、トイレの花子さんといえば学校の怪談の定番。七不思議の代表。何十年も前から、私は学園系お化けの主役なの、映画化だって何回もしたの。超超超人気者なの」
燕がぱちくりと瞬きをする。龍太も同じく目を丸くして
「それってただの自慢……」
「聞きなさいっ!!!!!」
花子さんが、ひとつ大きく咳払いする。
「……嬉しかったわ、毎日いろんな人がアタシを呼んでくれて、怖がってくれた。全国中を飛び回ってたわ……調子の良い時は一日に十校は制覇してた!」
「一日十校!? ちょっとまて、花子さんって同じトイレにいるわけじゃないのか?」
「は? 当たり前じゃない」
「そうだぞ龍太、花子さんはひとりなのだから、ずっと同じ所にはいられないだろう?」
二人が、何言ってるんだコイツは? という感じに龍太を見る。
いや、知らないのが当たり前なんですが。むしろ知ってる方がおかしいだろ! 龍太は内心イラッとしたが、そこはぐっと抑えることにした。花子さんの話は続く。
「でも……しばらくすると、アタシを呼ぶ声は減っていったわ……そりゃそうよね、どんなブームもいつかは終わるもの……トイレの花子さんっていう怪談は残っても、わざわざそれを試そうとする人はいなくなった…………でも!!」
花子さんが右手を大きく振り下ろし、タイルの床をおもいっきり叩いた。
「アタシは待ったわ!!! いつか必ず、再びアタシの時代は来るって!!! 口裂け女だとか人面犬だとか、わけのわからないポッと出の新参者が現れてもね! ……そして、どれだけ月日がたったかわからないけど…………あの日がやってきた……」
「あの日……?」
燕がゴクリと喉を鳴らす。
龍太も異様なほどの場の張り詰めたような空気を感じた。
花子さんは唇を噛みしめると、今一度深く深呼吸をする。そして思い出す。あの忌々しい、運命の出来事を――
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