第4話 誘われ、廃墟

 ――数十分後。

 とぼとぼとコンビニを後にしながら、龍太は大きなため息を吐く。

「だめ…………か……」

 遅刻した時点でおそらくはアウトだったのだとは思うが、それでも必死に誠意を見せればなんとかなるかも、と考えた自分が甘かった。

 龍太はさらに大きなため息を吐き出す。

 これでまた一からバイト探しをしなければならない。帰ったらすぐに求人誌とインターネットのバイト情報サイトを見なければ

「ん…………?」

 ふと、通りの電柱に貼られているチラシが目に留まった。暗闇の中で、何故かそのチラシだけがぼんやりと浮かび上がっている。決して蛍光塗料や目立つようなデザインなどではない。どちらかといえばかなりシンプルで、古めのわら半紙に、達筆で『急募』と大きく書かれていた。そのチラシを見つめながら、龍太は、こんなところにチラシなんて貼ってあったっけ……とぼんやり考える。しかし次の瞬間、そのチラシの内容に龍太の呆けていた意識が一気に覚醒した。

「な、バッ…………バイト月給30万円~~~っっ!!???」

 思わず目の前の電柱にしがみ付く。



『急募 派遣会社の警備員

 年齢・学歴問わず・未経験可 

体力自慢歓迎! 筋肉質な男性歓迎! 高校生大歓迎!

採用人数……一名(先着順)』



 龍太はチラシを電柱から剥がすと、まじまじと内容を確認する。

「派遣会社の警備員か……うん、これならできるぞ! むしろ天職かも。電話番号は……書いてないな、ええと、住所は……この近くじゃないか! よっしゃあ!」

 採用人数は一人。ならば誰かに先を越されるわけにはいかない。時間的にもう会社が閉まっているかもしれないが、とにかく行ってみるしかなかった。やっと自分に運が向いてきた! そう思いながら、龍太は一目散に住所の場所へと走り出した。


「…………ターゲット……確認……予想通り。ひひっ、そちらに向かいました……どうぞ」


 先程まで龍太が立っていた場所。電柱の影が、ぐにゃりと揺れた。



 住所に書かれていた場所は、龍太の家がある住宅街を抜けた表通り沿いにあった。この界隈は昔からいくつもの中小企業や大手企業の地方支店が立ち並ぶ小さなビジネス街となっていて、昼間は世話しなく働くサラリーマンの戦場。そして夜になるとネオン看板が立ち並ぶ大人の社交場へと様変わりする。

 龍太はチラシを片手に、記載されている場所を探す。途中でパトロール中の警察官が何か言いたそうにこちらを見ていたが、龍太がチラリと視線を合わせると、そそくさとどこかへ行ってしまった。おそらく、補導したいけどあの学生超怖そうだし超強そうだから見なかったことにして、そうだ。弱そうなそこらのオタクっぽい奴に職質でもしておこう……という魂胆だろう。

「えーと、このあたりのはずだが…………ああ、ここを……えっ?」

 比較的に綺麗な外観のオフィスビルが建ち並ぶ中、まるで別の空間から切り取ってつけたような小さな雑居ビルが目の前に建っていた。建っている場所もビルとビルの隙間にやっとという感じで……。しかし龍太がその雑居ビルの前で足を止めたのは、物珍しいからなどという理由ではない。

「…………あー……このあたり、なんだけど……なあ~~……」

 一度通り過ぎてから、ちらりと雑居ビルの方を振り返る。

「……いや、っていうか…………」

 記載された住所は間違いなく、このビルであった。

「うわああ、マジかよ……」

 さすがにオフィスビル一棟とは思っていなかったが、綺麗なワンフロアくらいはあると思っていた。まさかこんな所だなんて。今にも崩れそうな古い雑居ビルは、夜の街の光に照らされることもなく暗闇の中に妖しく佇んでおり、その外観に龍太は思わず身震いする。

「や……やっぱり止めよう、かな」

 雑居ビルの入り口のガラス扉は曇りきっていて、中を覗こうとも何も見えない。

本当にこのビルなのだろうか。かなり渋ったが、もしかしたら案外中は改装されて綺麗なのかもしれない……と、龍太はなるべくポジティブな方向へ考え、ゆっくりと扉に手をかけた。そしてその暗雲蔓延る内部へと足を踏み入れる。が、一歩中へ入った瞬間、龍太の顔面はぎょっとした状態で凍りつく。ビルの中は外観とは比べ物にならないくらいに、荒廃していたからだ。

 奥まで続く壁はすっかり変色しぐずぐずに崩れ落ちている。天井には大きな蜘蛛の巣が張り廻り、青白い蛍光灯は、おそらく電気が切れる寸前なのだろう。微弱な光がチカチカと点滅していた。辛うじて電気が通っている所を見ると、どうやら一応は人の出入りはあるらしい。いや、というか派遣会社の住所はここなのだから当たり前……なのだろうか。

「本当に……こんな所に……?」

 さすがに怪しい。怪しすぎる。きっとこの求人チラシは嘘か、すでに会社はここにはないのだろう。そう思うのが妥当だ。こんな場所に会社なんてあるわけがない。

「これじゃあまるで……お化け屋敷」

 龍太がおもわずそう呟いた瞬間。



 ――――ギッ…………ガチャン。



 自分のすぐ背後で、赤錆に塗れた鉄金属の回る音が響いた。

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