第3話 出会い
その路地裏は、潰れた中華飯店の裏口や看板、壊れた自転車や電化製品などが放置されていて、最近では柄の悪い人間の溜まり場となっていた。普通の人は絶対に近づかない場所だろう。そこで三人の男達と少女が睨みあっている。
「今…………なんつった? あ? お嬢ちゃん」
派手な柄シャツを着た男の一人が聞き返す。その浅黒い顔には、見て分かるほど血管が浮き出ていて、かなりご立腹のようだった。
「む? なんだ聞こえなかったのか? ギャアギャア喚くのをやめろと言ったのだ! この脳みそからっぽのマヌケめ!」
「てんめえええええええええええっ!!」
顔を真っ赤にした男が、少女に殴りかかる。その瞬間。
「えぎゃああっっっ!?」
拳を振り上げたまま、柄シャツ男は突如吹っ飛んだ。そのまま路地裏に置いてあったゴミバケツに頭から突っ込んでいく。
「な、なんだあ!?」
突然の出来事に残り二人が振り向くと同時に、目の前にいる男を瞬時に認識し、おもわず「うおっ」という小さく竦んだ声を漏らした。そこには2メートルに近い金髪七三男が立っていたからだ。
「女の子相手に何してんだよ……」
男達を上からじろりと見下ろしながら、龍太の猛獣のような眼が鋭く光る。
「う、うるせえ! てめえこそいきなり何しやがるんだ!」
「正義の味方ごっこか!? ああ!?」
そう言って片方の男はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し
「どけっ!」
手前にいた少女を押しのけ、龍太に向けて突っ込んできた。しかし
「ぎゃふっ!?」
ナイフが龍太に届く前に、龍太の右拳が的確に男の顔面へとめり込む。圧倒的なリーチの差で打ち込まれた綺麗なクロスカウンターは、プロボクシングの世界戦でもそうそうお目にかかれないだろう。そこからは一瞬だった。ずるりと龍太の拳からナイフ男が崩れ落ちると、それを合図とするように残りの一人と、いつの間にかゴミバケツから這い出た柄シャツ男が飛びかかる。
龍太は傍にいた少女を引き寄せ、庇うように自分の背後へ回すと、向かってくる男二人を瞬く間に投げ飛ばした。ゴウッという暴風と共に、男達はまるでハリウッドのワイヤーアクションの如く遥か彼方へと飛んでいった。
「ふう…………あ、やべ」
咄嗟とはいえさすがにやりすぎたかも……と龍太は少し項垂れる。ワックスでぴっちりとセットした髪も、いつの間にか元のたてがみヘアに戻ってしまっていた。
しかしあのままでは確実に少女は男達にやられていただろう。
仕方がない。うん、仕方ない。そう自分に言い聞かせる。
「…………ん?」
ふと妙なを視線を感じ、伏せていた目を開けると
「うおあああっっ!?」
その少女が、龍太のお腹あたりにしがみつくようにこちらを凝視していた。さっきは助けることが最優先だったのでほとんど少女の顔を見ていなかったのだが、月明かりを反射するように艶々と輝く長い黒髪と透き通った肌。赤いゴシックスカートがよく映える。思わず息を呑んでしまうほどの美少女が、真剣な面持ちで龍太をじっと見つめている。
「え……ええと、あの、な、何か……?」
突然の状況に龍太は狼狽する。少女の淡い緋色の大きな瞳が、龍太の全身を食い入るように見つめ
「…………うむ! 合格だ!」
そう言ってがっしりと龍太の両手を掴んだ。
これには龍太も「ひえっ」という柄にもない声をあげて動揺する。
そして少女は先程までの真剣な面持ちから、まるでスイッチが切り替わったかのように満面の笑みを浮かべ
「
漫画でおなじみな感じの『どーん!』という効果線と描き文字が背後に見えそうなくらい堂々と。龍太を指差しながら少女は言い放った。
「……………………はい?」
龍太は目をパチクリさせると、今目の前の美少女に言われた言葉を理解しようとその脳筋……否、ここ数年女の子と会話したことなんてほとんどない経験値ゼロの頭を必死に回転させる。
『わたしには君が必要だ!!』
彼女には……俺が、必要…………これってまさか、愛の告白ってやつか!?
思わず『うおおおお』とガッツポーズを決めたいところだったが
「いやいやいや! だめでしょ! 会ったばかりの男にそんなこと言っちゃ!」
「む? 何故だ?」
キョトンと首を傾げる少女に、龍太はなんとか平静を取り戻しつつゆっくりと諭す。
「何故ってそりゃあ、そうゆうのは、まずはお互いのことをよく知ってから…………だな」
「なるほど。では君の名を教えてくれ!」
「えっ? 俺は鬼熊龍太……」
「そうか。では龍太! 我と一緒に来てくれ!」
「だから早いって! もっとお互いのことを……って、えっ? 来てくれ?」
「うむ! 君の強さを見込んで頼みたいことがあるのだ!」
「…………」
愛の告白じゃ…………なかった……。
そりゃあそうだよな、うん。こんな全身筋肉だるまに美少女が告白なんてするわけないよな……。今までだって、たちの悪い男連中に絡まれている女性を何度も助けたことはあったが、全員龍太にお礼どころか、助けに入った龍太を無視していつの間にかいなくなっているのがパターンである。
「…………はあ」
おもわずその時のことを思い出してしまった。
「悪いけど、俺急いでるからさ、もう行くよ」
「む? 何か用事でもあるのか?」
「まあね、バイトの面接が…………」
そこまで言いかけた瞬間、一気に龍太から血の気が引いた。
「あああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」
夜の住宅街に、龍太の絶叫が響き渡る。
「あ……ああああ……まさか、そんな……」
恐る恐る学ランのポケットからスマートフォンを取り出し、液晶を見てみると
『午後七時二十五分』
無常にも映し出された現時刻に、龍太は力なくその場に崩れ落ちた。
面接の約束は午後七時半……今から全力で向かっても、確実にアウトだった。面接十分前につくはずが。出来た若者となるはずが。
『いやぁ~、ここに来る途中にちょっぴり柄の悪い輩をゴミバケツに突っ込んだり遥か彼方へ投げ飛ばしたりしておりまして!』
あ、無理だ。本当のことなのにこれは通じない。
ただでさえ龍太はバイトの採用が難しいというのに、面接で遅刻だなんて。いや、しかしまだ諦めるわけには……
「どうした龍太? 腹でも痛むのか?」
項垂れたままの龍太を少女が覗き込む。
「まだ……諦めて、たまるか……!」
「むっ」
龍太はおもむろにクラウチングスタートの体勢をとると、ぐっと軸足に体重を乗せ
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
まるで猛獣のような雄叫びと共に、前へ飛ぶように走り出した。その勢いは周囲に烈風を発生させる程で、呆気にとられた少女のスカートが大胆にも捲り上がる。
「……おお、すごいな……いいぞ、ますます気に入ったぞ!」
パタパタと捲れたままのスカートを靡かせながら、少女は満足気に、走り去っていく龍太の背中を見つめていた。
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