第2話 お金がないっ!

 そして現在。

「龍太さん! おはようございます!」

「おはようございます!」

「おはようございます!」

 私立黄泉高校しりつおうせんこうこうの校門から校舎入り口にかけてずらりと黒の学ラン集団が左右に分かれて列を作り、全員が深々と頭を下げている。まるで今からその場にマフィアのボスかヤクザの組長でもやって来るかのような異様な光景であった。もちろん今からそこを通るのは、御偉い将軍様でも無数の家来や使用人を引き連れたお嬢様でもない。今頭を下げている彼らと何も変わらない、ただの学生である。

「龍太さん! お鞄をお持ちします!」

「龍太さん! 龍太さんの上履き磨いておきました!」

「龍太さんっ! 龍太さんっ!」

「あー……わかったわかった、いつもありがとな、はははー……」

 我も我もと自分の前に立ち塞がる親衛隊、および舎弟達をあしらいながらの登校。それは龍太の毎朝の日課となっていた。毎日毎日舎弟達は目をキラキラと輝かせ、龍太を賞嘆し敬い、ぴったりとそばに張り付いている。まるで若いイケメンアイドルグループの公開収録やイベントに押しかけては周りを取り囲む、熱狂的な女性ファンのように……いや、そっちの方がだいぶとマシだろう。なぜなら龍太の周りにいるのは全員男。それも全員いかつい。色とりどりに染まった髪、派手な髪型に着崩した制服、中には改造制服もチラホラ。耳や鼻に開けられたピアス。タトゥー。そして全員完璧なまでの悪人ヅラ!

 なんなんだこれは。ろくでなしか? クローズか? これが全員美少女だったらどんなに素晴らしかったことか。かなりレベルの高いエロゲーかラノベのハーレム主人公の気分を味わえたに違いない。しかし残念、目の前に広がるのは不良の大海。

 鬼熊龍太、只今17歳。黄泉高校のヘッドにして不良界のカリスマであり、噂では街の暴走族すらも掌握する覇王として、確固たる地位に彼は君臨していた。何故このような事態になってしまったのかは、龍太自身も全くわからない……。



 放課後、時刻は午後七時。龍太は新しいバイトの面接へ向かっていた。さすがの舎弟達も夜まではくっついて来ないのが幸いである。

 自宅の一軒家で一人暮らしの龍太は、学費こそ両親が払ってくれているが、その他の生活費はすべて自分で工面していた。何もかも両親に甘えてはいけない、という龍太自身のポリシーなのだが、そのポリシーもここ数ヶ月で正直折れそうになってきている。

 どのバイトも面接が通らない。通ってもすぐにクビになってしまうのだ。

 これは龍太の勤務態度が悪いとかではない。決して。

 むしろ勤務態度はかなり良い方だ。力仕事は他の従業員の数倍も動けるし、接客だってそつなくこなせる。早朝出勤も残業もどんとこいっという感じだし、店に強盗が来ようものなら「金を出せ!」と同時に店外へ吹っ飛ばしてみせよう。それなのに、それなのに何故か、龍太を雇ってくれる場所はなかった。

(……よし、このまま行けば面接十分前! 今日こそはいけるはず!)

 逆立った金髪はワックスでぴっちりと七三に、学生服も首元まできっちりとボタンを閉めている。これでどこから見ても真面目な優等生だな、と得意げに龍太は鼻を鳴らした。今から面接を受けるのは、自宅から数キロと少し離れた場所にあるコンビニである。なるべく自分を知っている人間がいない所が良い。勘違いしてはいけないが、別に龍太が何か悪行を働いたことは断じてない。ただ、龍太に挑もうとやってくる奴らが問題なのだ。

 以前にバイトしていた地元のファミレスも、その問題の奴らが押しかけてきたせいで店内が大惨事となってしまった。間違いなく、龍太がクビになったのはこのせいだろう。いくら龍太自身が真面目に働いていても、物騒な奴らがおまけで付いてきては店にとっては大迷惑なのだから。


「もう絶対誰にもバイトの邪魔させねーぞ……」


 ぎゅううっと拳を握り締め、堅固に決意する。



「もういっぺん言ってみろやこらああああッ!!」

「…………」

 背後の方から、荒々しい男の咆哮が聞こえた。思わず龍太は足を止め、振り返る。しかしそこには誰もいない。いつもの癖で、てっきり自分に言われたのかと思ったがどうやら違うらしい。龍太はホッとすると同時に首を傾げる。

(気のせいか……? いや、でもたしかに今)

「ふざけんじゃねえぞッ!!」

 また聞こえた。一体どこからだろうか……?

 龍太はあたりを見渡す。そういえば、少し前に路地裏への道があったはずだ。おそらくそこから聞こえてくるのだろう。

「…………」

(どうしよう……不良同士の喧嘩かな。仲裁した方が良いのか?)

 龍太はぐぬぬと腕組みをしながら熟慮する。しかし、その時だった。


「だまれ! この阿呆め!」


 飛び交う男達の悪態の中、そこでは異質なまでに透き通った少女の声が聞こえた。



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