第1話 不良の王

 高校三年生、鬼熊龍太おにぐま りゅうたは無敵だった。

 生まれながら金色に逆立った髪。その眼光は龍のように鋭く、全身は、対峙した相手にまるで熊と出会ってしまったかと錯覚させるような威圧感を漂わせ、鎧のような筋肉を纏ったその身体の背丈は、ゆうに180センチは超えているだろう。

 もし昔の人が彼を見たならば間違いなく鬼と勘違いし這い蹲って命乞いをするか、はたまた村を挙げて討伐隊を編制してくるに違いない。

 鬼 熊 龍 太

 その名の通り、彼の強さは並外れに、いや、ケタ違いに秀でていた。

 ちなみにその強さは産まれながらなんていうご都合設定などではない。れっきとした訓練の賜物である。龍太の父親はアメリカ海軍の現役軍人であり、新兵の頃日本に赴任してきた際、当時ファーストフード店でバイトをしていた母親(父親曰く麗しのやまとなでしこらしい)と出会い、結婚した。

 龍太は幼い頃からその父親に「男ならば強くなれ!」とさんざん鍛えられてきたのだ。

 5歳の頃に15キロの重りを入れたリュックを背負ったまま、山中10キロランニングをさせられたのは龍太にとって今でも辛い思い出である。

 そんな父親も5年前、龍太が小学六年生の頃に日本での遠征を終え祖国であるアメリカへと帰って行った。もちろん母親も一緒にだ。

 しかし龍太だけはアメリカへは行かず日本で生活することを選んだ。龍太自身日本生まれの日本育ちだし、正直英語もアメリカの文化もさっぱりわからない。母親は少し寂しそうにしていたが、「日本に残る」と父親に話した際、父親は優しい顔で「そうか」と頷き

「リュウ、お前もモウ12歳だ。これカラ、リュウは自分のコトは自分で考えて、やっていくコトになルヨ……何が正しいのか、何をすべきなのか、全部自分デネ。そしてリュウの強さ、これはいつも言っているケド……」

「大丈夫だよ父さん。力は自分の為ではなく、誰かを助ける為に使え。でしょ?」

 そう言った龍太の自信に満ちた表情に、父親は

「いいぞ、さすがボクのヒーローだ」と返す。

「それじゃあリュウ、気が向いたラいつでもアメリカへオイデ」

 こうして両親は祖国へと帰っていった。


 ――誰かを守れる男になろう。


 この時の想いを胸に、龍太の新生活は始まったのだった……が、その数日後の中学校入学式の日。さっそく龍太の目指す方向性は大きく崩れ始めるのである。



「舐めてんじゃねぇーぞコラッ!」

「急に割り込んできて何なんだテメェは! ああー!?」

「い、いやだから、入学式早々に新入生からカツアゲとか止めた方がいいですって……」

「はあああああああああんっ!?」

 校舎裏。派手に改造された制服を着たどうやら三年生の不良グループと、そのグループに取り囲まれた新一年生。この一年生は龍太なのだが、元々カツアゲをされていたのは別の一年生だった。入学式の後、たまたまこの近くを通りかかった龍太が仲裁に入っている隙にさっさと逃げてしまったのだ。なんとなく、ひょろりとしたいかにも気弱そうな男子だった気がする。こうして見事、カツアゲのターゲットは龍太に変更となったのだ。

「さっきからごちゃごちゃ言いやがって……金だせっつってんだよ! ああー!?」

「だいたい何だテメェは! 一年の癖に金髪にして!」

「あ、これは地毛です」

「言い訳すんじゃねえええええっ!!」

「おいもうこいつボコろう! 二度と生意気な真似できねぇようにしてやろうぜ!」

「どうせ図体がでかいだけのガキだろ!」

「いいぞー! ケンちゃんやったれやったれー!」

「うっかり殺しちゃだめだよー! ぎゃはは」

 何人もの不良が龍太を逃がすまいと壁際まで追い詰める。ニヤニヤと卑劣な笑みを浮かべて、すでに自分たちの勝ちを確信しているのだろう。当たり前だ。確かに龍太は身長こそ不良達よりも飛び抜けて高いが、相手は複数。さらにどこから拾ってきたのか鉄パイプや木材を手にしている。龍太はう~んと苦い顔を浮かべた。

「あの、やっぱりやめた方が……」

「うるっせえええええんだよてめぇはあああああ!!」

 痺れを切らしたのか、ケンちゃんと呼ばれていた派手な銀髪リーゼント頭が、手にしていた木材を一気に龍太へ向けて振り降ろした。



「…………やべえ……」

 龍太はボリボリと短いたてがみのような金髪頭をかきむしりながら、その足元で呻き声をあげている不良達をぐるりと見渡す。地面に突っ伏している者、フェンス上で身体をくの字に曲げている者、木の枝に引っかかって逆さ吊りのまま気絶している者。

 この状況が生まれるのに、時間はかからなかった。

 ほんの数秒。人によっては一瞬の出来ことかもしれない。

「こ、これって正当防衛になるのかな……まさか退学とか!?」

 ヤバイヤバイと龍太は頭を抱えながら、その場をぐるぐると歩き回る。さっさと逃げてしまおうかとも思ったが、この状況を放っておくのも気が引けた。

「仕方ないなぁ……もう」

 龍太は今回の顛末を教員に報告することに決めた。



 結果から言うと、龍太に処分はなかった。

 龍太に身体もプライドも打ちのめされた不良達は校内でもかなりの悪名で、何度も問題を起こしていたからだ。むしろよくやってくれたと教員に言われた時はさすがに苦笑したが、しかし何の問題がなかったわけではない。別棟にある吹奏学部の教室から、校舎裏は丸見えだったのだ。つまり、今から部活動を始めんとする生徒達にばっちりと目撃されていたのである。束になった不良達を、まるで魑魅魍魎を一掃するが如くばたばたと薙ぎ倒していく龍太を……まるで鬼人のような、地獄絵図のようなその光景を…………!

 この騒動は一日もしないうちに校内へ、そして一週間もすれば街中へと広がり、晴れて龍太は数々の不良達から一目置かれる存在となった。時には喧嘩という名の果し合いを軽く片付け、タイマンでは確実に勝てないと踏んだのか、集団で攻め込んできた不良集団や暴走族の大群をたったひとりで蹴散らし……

 こうして龍太は、伝説となった。

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