第8話 朝チュン
いつだったか。
子供の頃、クラスメイト達と夏祭りに行ったことがある。
その中の誰かが言った。
『裏山の墓地にはお化けが出る』と……。
もちろんそんな話は誰も信じなかったし、龍太自身も「そんな馬鹿な」と笑い飛ばしていた。その後数人で、面白半分で墓地に行ってみようという話になり……。
………………。
――そうだ。このあと俺は
「ん…………うう、ん?」
いつもの見慣れた天井が見える。龍太はゆっくりと身体を起こしながら周囲を確認すると、そこが自宅のリビングだということがわかった。
いつのまに帰宅したのだろうか? 自分はたしかあの気味の悪い廃ビルにいたはずだ。
「まさか……夢……」
そう呟いた瞬間。
「むっ、やっと気づいたな!」
突然目の前に燕が顔を出した。
「うおおおおおあああっ!?」
思わず仰け反りながら、龍太は座っていたソファーから転げ落ちる。その拍子に、床で後頭部を強打し、思わず龍太は「おぐっ」という低い声を漏らした。
上から燕が覗き込んでくる。
「大丈夫か龍太? まったく、気をつけてくれよ。また気絶されてはたまらんからな」
「いっ、いやっ、お前っ! なんでここに!?」
どうやら夢ではなかったらしい。一瞬気が抜けていたせいで受身がとれなかった。ズキズキする後頭部を右手で摩りながら、龍太は身体を起こす。
「なんでって、あのままビルで放置していた方が良かったか? いつ目覚めるかわからんし、それなら家に送り届けるべきかと思ってな……」
「うぐっ、放置は勘弁…………って、あれ?」
ちょっと待て。送り届けた?
「なんで俺の住所知ってんだよ!?」
龍太の記憶が正しければ、まだ名前以外の情報は話していなかったはずだ。
制服のポケットにはライターと筆記用具だけ。履歴書も、その前に面接したコンビニに提出したまま。つまり、龍太本人に訊く以外に住所を知る術はないのだ。
しかしその問いに、燕は「ああ」とあっけらかんとした口振りで
「龍太の守護霊に訊いたのだ」と答えた。
「しゅ……守護霊……?」
「そうだぞ。それにしても、龍太の守護霊はすごいな! 筋肉モリモリマッチョマンの軍人だぞ! 龍太が目を覚ますまで話し相手になってもらっていたが、とても興味深い話ばかりだよ。彼はかつてアメリカの精鋭部隊で活躍していて……」
「だああ――っわかったわかった! もういいスト――ップ!」
興奮気味に語りだした燕を宥めて、とりあえず龍太はリビングにある時計を確認する。
時刻は丁度、朝の5時を指していた。つまり、龍太は一晩中気を失っていたことになる。
「まじかよ……」
…………情けない。
龍太はがくりと肩を落とし、大きなため息を吐く。というか、まさか燕は一晩ここにいたのだろうか? さすがにそれはないか……
「さてと、一晩中待ったが、これでようやく話の続きができるな!」
……あった。
まるで自分の部屋かのようにくつろいでいる燕。
「話の続きって何だよ?」
「なんだ寝惚けているのか? 我が社の警備員になってもらう話だ!」
「…………」
…………まだ話は終わってなかったのか。
「その話は断ったはずだぞ」
「むっ! 何故だ龍太! 会社の説明ならちゃんとしただろう? 妖怪も幽霊も本物だったろう? はっ、もしや給料が不満か? それなら……くっ、わかった! 月35万でどうだ!?」
「35!? あっ……いや、いやいや、そんな問題じゃねーよ! とにかく断るっ! 絶対無理だからな! 帰ってくれ!」
危なかった。現在金欠中の龍太の心が大きく揺れる。
しかし、こんなわけのわからない会社で働くなんてまっぴら御免だ。一方燕は、まさか本当に断られるとは思ってもみなかったのだろう。
「なぜだ~~っ! なぜだ龍太~~~~っ!」
じたばたと龍太のお腹あたりにしがみついてきた。
「ええい引っ付くな!」
そう言って龍太は燕の襟首を掴むと、子猫でも捕まえたかのようにひょいと片手で持ち上げ、そのまま玄関の方へと歩き出す。
「むおおおっ!? はっ、はなせ龍太! まだ話は終わってないぞっ!」
「はいはい、わかったから。もう帰りなさい。親御さんも心配してるぞ? うちはどこなんだ?」
玄関のドアを開き、バタバタと暴れる燕を地面に降ろした。
燕はむうとしながら振り返り、龍太を見上げる。
「……親は、いない。家もない。強いて言うならあのビルが今の我の家だ……」
その瞳はどこか、寂しそうに見えた。
「…………燕」
「なので龍太、この雇用契約書にサインをしてくれぇ!」
「却下だッッ!!!! なのでってなんだ! なんでその流れになるんだ!?」
どこから取り出したのか、燕が雇用契約書と書かれた紙を掲げる。
さっきの儚げな表情は一体何だったのだろうか。
うってかわり、再び自信に満ちた面持ちで燕が言う。
「いいか? 龍太、君には誰にも負けない力がある。まあその、幽霊に囲まれて気絶したって……大丈夫だ! たぶん!」
「たぶんってなんだよ!!」
早朝とはいえ、庭先で男女の言い争う声が響くのはかなり目立つ。すでに通勤中のサラリーマンが神妙な顔をしながら通り過ぎていった。龍太はガシガシと頭をかくと
「とりあえず、今日はもう帰ってくれ……この紙はいちおう貰っておくから……」
燕から雇用契約書を取り上げる。
「ところで燕、ここまでどうやって来たんだ? タクシーか?」
会社のある廃ビルまで徒歩でも行ける距離だが、よくよく考えれば、昨夜燕は気絶している龍太を運んできたのだ。人より大柄な龍太を、華奢な燕が運べるわけがない。となると、普通に考えてタクシーあたりだろう。すると燕は
「タクシーなんて使わなくても移動手段ならあるぞ」
と、両手を前にしてクイクイとハンドルを回す動作を見せた。
「あー……バイクね。って、危ないだろ! ま、まさか燕、俺を後ろに乗せて運転したのか!?」
「む? 我じゃない。社員に腕のいいライダーがいてね、送ってもらったよ」
「あ、ああ……そうか……」
なら良かった。と言いかけた所で、ぴたりと龍太の動きが止まる。
「…………社員……?」
たしか燕の会社は……。ああ、思い出したくもない昨夜の悪夢。
幽霊や妖怪が犇めき合う派遣会社、だ。つまりそこの社員ということは……
「社員って……まさか」
――――まさか
「首なしライダーだ!」
「はああああああああああああああ~~~~っ!?」
深夜の住宅街。後部座席で眠る巨漢、つまり龍太を乗せて走る首なしライダーの姿を想像し、たまらず龍太は悲鳴を上げた。恐ろしすぎる。心霊的にも、絵面的にも。
「最悪だ……マジで最悪だ……」
初めてのバイクの二人乗りは可愛い女の子と……という龍太のささやかな望みは儚く散ったのであった。
「どうした龍太? 首なしライダーは良い奴だぞ! 週末は全国のサービスエリア巡りをするのが趣味らしくてな……」
……知りたくないし、想像もしたくない。
「もういいから……とりあえず今日は帰ってくれ。なっ?」
もう大声で追い返す気力もない。疲れきった様子の龍太に、さすがの燕もまだ何か言いたそうにはしていたが、堪えるように渋々と庭の門扉を開け外に出て行った。そして数十メートル歩いた先で振り返ると
「…………龍太、我は、我は絶対に諦めないからな――――っっ!!」
住宅街中に響き渡りそうなくらいに、高らかに叫んだ。
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