第12話 モンスターがいきなり廊下を跋扈してたら、ね

 放課後。龍太は昼休みのことで心配する舎弟達を先に帰らせ、用具倉庫へと向かう。

 すでに燕は到着していたようで、やってきた龍太を見つけるとぱあっと嬉しげに笑い


「龍太~~~~!」


 大きく手を振ってきた。


「ちょっ!」


 龍太は慌てて燕の口を手で塞ぐ。


「何大声出してんだよ! 放課後でもまだ残ってる生徒いるんだぞ!」

「もご、ひゅ、ひゅまない……」

「とにかく移動するぞ。花子さんの出る場所は、ここからは行けないからな……」


 周囲に誰もいないことを確認すると、龍太は足早にその場から移動した。燕が鼻歌を歌いながら後ろをついてくる。人の気も知らないで、呑気なものである。

 普通科から特進科へ向かうには、校舎裏にある職員専用の渡り通路を使うか、普通科校舎から一度外へ出て、特進科専用の無駄にでかい豪勢な校門を通る必要があった。


 普通科が開校した当時はまだ二つの校舎は二階の渡り廊下にて行き来が自由であった。しかし普通科の治安が悪くなるにつれて特進科への影響を懸念した教育委員会によりその通路は完全に封鎖されたのだ。

 そして現在、お互いの校舎を見ることはあれど、決してお互いの領地に踏み入れることはない。


 不良生徒が特進科を襲撃し金をせびることもなく、逆に優等生達も普通科の廃止を訴えたりすることもない。中には普通科に不満のある生徒もいるようだが、現段階ではこの黄泉高校はうまく成り立っていた。


「龍太、ここは?」

「職員専用通路。校門からだと目立つからな……で、この向こうから特進科。おそらくお前のお目当てはそこにいるよ」


 普段この通路を生徒が利用することはない。そもそも行く必要がない。

 しかし、決して生徒の通行が禁止されているわけでもないのだ。


「……何で俺がこんなことを……」

 龍太が小さく愚痴を零す。

 しかし今燕を案内しなければ、彼女がこの学校で龍太を巻き込んだ大騒動を起こすのは安易に想像できる。龍太は「はぁ」と一度ため息を吐くと、後ろで満面の笑みを浮かべている燕を引き連れて特進科の校舎へと足を踏み入れた。



「…………なん、だ……ここは」


 渡り通路から出ると、最初に目に飛び込んできたのは、天井に伸びた大きな石柱であった。細かな装飾をされた白い柱が、何本も並んでいる。扉の向こうは異世界でしたと言わんばかりに、特進科校舎の内装は、簡略ながらも中世ヨーロッパの聖堂を彷彿させた。

 そしてそこから内部へと続く廊下は、まるで昨日新設したかの様な清潔さであった。汚れどころか埃ひとつすらも見当たらない。特進科には毎日つねに何十人もの清掃業者が入っている。おそらくはそのおかげだろう。

 以前から特進科は綺麗な所だろうとは思っていたが、あまりにも龍太の通う普通科とは違う。普通科の方が建設時期は新しくとも、まるでそちらが旧校舎のように思える。


「なんだよ、この差は……」

「龍太、ホラ、突っ立ってないで早く案内してくれ!」

「あ、ああ……わかってるよ……」


 燕に背中を押されながら、花子さんが出るとされる四号館を目指す。

 迷子になること確実。とも思われたが、ありがたいことに所々で駅構内のような標識が設置されていた。おそらく普段ここに通っている生徒や教師達も、正確に校内を把握できていないのだろう。

 今龍太達がいるのは、特進科の本館。職員室や事務所があり、二号館と三号館へも続いている。そして二号館からは一号館へ、三号館からは四号館と五号館へと繋がっていた。

 歩いていると、まだ校内に残っていた特進科の生徒達が、龍太を見た途端、まるで化け物にでも遭遇したかのようなリアクションで逃げていく。

 普段全く会うことのない普通科の生徒を見れば、まあ驚くのはわかるが……


「なんだ? また龍太を見て逃げ出したぞ。はっ、さては龍太、日頃から彼らに残虐非道な行いを!?」

「してねえよっ」


 さすがにこの反応は落ち込む。一体彼らの目に龍太の姿はどのように映っているのだろうか。猛獣か、それとも未知のエイリアン? 当たり前だ。彼らにとって龍太は無法地帯に蠢く不良を束ねる覇王。そのくらい、例え普段関わりのない特進科生徒でも知っている。恐ろしくないわけがないのだ。


「きゃあああああああ!」

「うぎゃあああっあああ!?」

 カップルらしい2人組が転がるように走り去る。

 男の方なんて我先にと彼女を突き飛ばして行ってしまった。そのまま女子生徒は壁にぶつかりその場にしゃがみ込む。

「……お、おいおい……大丈夫かよ?」

「龍太?」

 龍太はしゃがみ込んだ女子生徒に駆け寄り、手を差し伸べた。しかし


「ひいっ!? ぎゃあああああああああああああっ」


 慟哭しながら、女子生徒は走り去る。

 その後ろ姿を、龍太は物悲しく見送った。


「お、俺って……そんなに怖いか?」


 燕は、うう~~~~んと首を傾げると


「いいや? 全く怖くないな! ちっとも!」と答える。

「はは、そりゃあお前は……」

 普段からあんな連中とつるんでいるんだ。そうだろうよ。一瞬龍太はそう言い掛けたが

「……いや、ありがとな」

 素直に受け取っておくことにした。

「――あ、ところで燕」

「む?」

 なんとなく気になったことを聞いてみる。

「いつも、スカウトってのは燕が一人でやっているのか? 他の奴らに頼まないのか? ホラ、あのビルにいた……」

 口煩そうな市松人形と、不気味な長髪の女。

 妖怪……なのだろうが、彼女達は燕の会社の社員と名乗っていた。つまりスカウトに同行していてもいいはずだ。

「ああ、市子も影音も、普段は会社で事務作業をしてもらっているのだ。全国に派遣している他の社員達の経過報告の確認や、新規の仕事依頼を纏めたり」

「へ、へえ」

 何を言っているのか龍太にはさっぱりわからないが、ようするに、スカウトに回れる人材は燕だけ。ということなのだろう。


「それに、妖怪や幽霊をスカウトするのは、生きた人間でなければならない。昔からそう決まっていてな……今、社内で生きた人間はわたしだけなのだ」

 そう言いながら苦笑する。

「そ、そうなのか」


 瞬間、わずかに龍太の心臓が跳ねた。

 その横顔が、昨日の明け方、親はいないと話していた時の燕と重なって見えたから。


(くそ。どうも調子が狂うな……)


 ただでさえ女子と接することなんてほぼ皆無だというのに。龍太は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませながら肩を落とした。


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