第13話 こんにちは花子さん

 三号館に着く頃には、龍太が来ていることが知れ渡ったのか、人影は見当たらなくなっていた。心苦しいが、この方が校内を歩きやすい。


「ずいぶんと静かだな」

「ああ……そうだな」


 三号館は一階が図書室、二階は特進科学生専用の学食ホールとなっている。

 龍太は学食ホールを横目で見ながら、一度くらいはここで昼食をとってみたいなあと淡い期待を膨らませ、綺麗なホールで豪華な料理に舌鼓をうつ自分と舎弟達を想像する。ああ、絶対にそんな日はこないだろう。


「さてと……このあたりでいいか」

 そのまま三階まで上がると、立ち止まって、四号館へと続く廊下を指差した。

「ここを真っ直ぐ行けば四号館。で、一番奥にあるトイレに出る……らしいから」

「むっ、そうか! この奥か!」

「じゃ。俺はここで待ってるわ……ってうおっ!?」

 燕が大の字で龍太の前に立ち塞がる。

「いやだ! 龍太も一緒に来てくれ!」

「なんでだよ俺は案内だけだって約束しただろ!?」

 軽く燕を押し退けようとすると

「いやだ~~~~~~~~! ついてきてくれなきゃ……」

「くれなきゃ?」

「龍太に襲われたといってこのまま校内を走り回ってやる!」

「なっっっ!!??? ひっ、卑怯だぞ!」

「はっはっはー、何とでも言え~!」

 そう言って燕は勝ち誇ったように高笑いした。

 龍太は「お前なぁ……」と眉を顰め


「…………どうしてお前は、そこまで俺に拘るんだ?」と問いかける。


 龍太の強さを見込んで会社の警備員にと言われても、正直の所、龍太より強い人間はいくらでもいる。何度も断っている龍太は早急に諦めてまた新しい人材を捜せばいいだけの話なのだ。


「むう、そ、それは……」

「それは?」

「びびっと……きたからだ……」

「…………は?」

「だっ、だから! びびびっときたのだ! 龍太に! そうあれだ! 第六感というやつだ! びびび! ビビビのねずみ男!」

「はあああああ?」


 まるで理由になっていない。そして意味が分からない。

 しかし燕は、言わせるな恥ずかしいっ! と言わんばかりに顔を赤らめてもじもじしている。ここはきっぱりハッキリと断らなければ、むしろ今後一切関わりたくないのだが。


「――ああもう、わかった! わかったよ……だがトイレの前までだぞ! さすがに女子トイレには入らないからな!? いいな!?」


 ――折れた。どうやら自分は女の子の頼みに弱いらしい。

 人生十七年目。ここへきて初めてわかった新事実、である。

 燕は「やったあああ!」と万歳をしながら、揚々と廊下を駆けていった。



 四号館、三階、廊下奥にある女子トイレ。特進科校内と同じように、装飾の施されたオシャレな扉。おそらく中も、想像通りであろう。

 しかしそこに住むのは異国の姫君ではなく……


「花子さあん、いらっしゃいますか? は~なこさあん!」


 女子トイレの中から、どんどんと扉を叩く音がする。おそらく燕が手当たりしだいに個室を調べているのだろう。龍太自身、学校の怪談話に関しての知識は皆無であるが、トイレの花子さんくらいなら子供の頃聞いたことがあった。


 もっとも、ただのよくある噂話に過ぎないが。

 そう、どこにでもある噂話。


「花子さんいらっしゃいますか?」そう言いながらトイレの手前から三番目のドアをノックすると、花子さんが返事を返すというものだ。

「やっぱいないんじゃないのか……?」

 龍太はトイレの前で壁にもたれ掛かりながら、中の様子を伺う。燕が花子さんの呼び出しを始めてから、すでに五分は経過していた。中の動きはない。


「は~なこさん! は~なこさん! おおうい!」燕の声。


 特進科の下校時刻は普通科と比べて遅くなっている。校内に残って勉強を続けている生徒への配慮らしいが、それでもあまり長居はできない。先程、故意ではないにしても、軽い騒ぎを起こしてしまったのだ。そろそろ教師が見に来てもおかしくない。

「おい、燕! いないならもういいだろ?」

 トイレ内にいる燕に声をかけた、その時だった。



「ここで何してんの?」



 自分の声と重なって、すぐ隣から少女の声がした。

「あ……?」

 見ると、そこには特進科校舎ではあるまじき姿の少女が立っていた。

 赤のメッシュが入った金髪の巻き髪。小麦、というよりは焼きすぎたこげ茶色の肌。派手はアイメイク。市販で売っているような奇抜な色の制服。

 まるで、かつて渋谷あたりで大躍進していたヤマンバギャルというやつだった。実際に本物を見るのは初めてだ。

 しかしどう見ても、彼女はこの特進科の生徒ではない。


「うおっ」と、思わず龍太は声を漏らし後退する。

 ギャルは、その大きく鋭い眼光で龍太をジロリと睨んだ。


「アンタ……ここの生徒じゃないでしょ? 不法侵入じゃん!」

「はっ!? いや、俺は普通科で……つーか、不法侵入って、それは君だろう?」

 どこからどう見ても、部外者である。

 しかし龍太にそう言い返されたギャルは不服そうに顔を歪めた。


「アタシはいいんだよ!」

「なんでだよ!」


 思わずツッコミを入れてしまった。一体このギャルは何なんだと、龍太はそのふてぶてしい態度に眉を顰める。


「花子さ~ん、おーい花子! でてこ~いっ! いでよ花子! 花子しょうか~~ん!」


 トイレからはあいかわらず燕の花子さんを呼ぶ声が響いてくる。

 どうやらさすがに痺れを切らしてきたようだ。

 声と一緒にバンバンドンドンと個室のドアを激しく叩く音がする。

 その声に、ギャルは一瞬はっとすると、再び龍太を睨みつけた。


「中の……アンタの連れ?」

「ああ……いや、ええと……そんな感じ……というか」


 連れと言われると違うというか、ただ案内しただけというか


「チョベリバ」

「えっ」


 気だるそうな顔で、ギャルが呟く。

 そしてツカツカと龍太を押し退け、トイレの扉を勢い良く開けた。



「うおらあああああああ!!! アタシの家で何してやがるっっ!!!??」



 突然の大喝に、その場がシンと静まり返る。

 しばしのフリーズ。そして


「…………あっ、お? おお~~! やっと現れたな! 花子さん!」


 感奮する燕をよそに、ギャルの背後、聞こえてきた燕の言葉に龍太は目を見開いた。


「え…………おま、今なんて……?」

「あっ、龍太! なんだわからなかったのか? 彼女がトイレの花子さんだ!!」


「トイレの……って、えええええええええええええええええええっっ!!!??」


 俺の知ってる花子さんじゃない!

 トイレの花子さんといえば、黒いオカッパ頭で、白いブラウスに赤いスカートで……とにかく、こんな金髪ガングロルーズソックスギャルなんて知らない!


「まあ、ちょっとイメージと違ったがな」

「ちょっとじゃねえだろ! 何もかも色々と違うだろ!?」

「うるっさいわね!!」


 ギャルが再び一喝した。

 その気迫に、燕はそそくさと龍太の後ろに隠れる。勘弁して欲しい。


「アタシのうちで騒ぐのは止めてくれる? あと、住居不法侵入だから! アンタら!」

 住居以前に学校のトイレなんですが、それは……

「むう、そこまで騒いでないぞ! だいたい、トイレの花子さんがトイレにいない方がおかしいだろう、どこへ行っていたのだ?」

「トイレ(おしっこ)よ!!」

(ここでしろよ!)

 心の中で、龍太がツッこむ。

 ギャル……否、トイレの花子さんは見るからに不機嫌そうな眼差しを燕と龍太に向けた。


「それで……? 何の用なの?」


 花子さんはトイレの個室、という名の自室に入ると、そこにある煌びやかな洋式トイレに腰を下ろした。トイレとは思えない程、個室内はやたらピンクのデコレーションやふわふわのファーでコーディネートしてある。

 携帯や車をそのように飾っている人はよく見るが、トイレを飾るのは彼女だけだろう。足を組みながら、目の前で申し訳なさそうに目を伏せている龍太と、その隣で負けじと仁王立ちをしている燕と睨み合う。


「我は空梨燕そらなし つばめ、この町を拠点に妖怪達の派遣会社を営んでいるのだが……」


 そう言うと、ただでさえ不機嫌そうだった花子さんの唇がヒクリと歪み


「アンタが……あの、有名な……?」


 目を鋭く光らせる。

(――有名なのかよ!?)

 その言葉に、龍太は再び心の中でツッコミを返した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

デリバリー・ホラー・ショー 小山ヤモリ @koyamayama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ