第14話 花子さん、勧誘
「聞いたことがあるわ……全国の幽霊や妖怪をスカウトして回っている会社があるって……何? それ、アンタなの?」
「どう噂されているかわからんが、たぶんそうだ!」
両手を腰に当て、何故か誇らしげに燕が答える。
なんでどや顔なんだよ……、そう龍太が思ったと同時に
「なんで自慢気なのよ!」
そう言って花子さんが立ち上がる。お互い思ったことは同じらしい。燕の態度にあきらかにイライラしているのが目に見えていた。
しかし燕はキョトンとして小首を傾げる。
本人はこれが普通。至って通常の振る舞いなのだろう。だからまずい。
「お、おい、落ち着けよ……」
さすがに龍太が二人の間に割って入る。正直もう帰りたくて仕方がない。
「あああん!?」
花子さんが恫喝的な声で龍太を睨んできた。
が、普段から不良という不良のメンチ切りを見慣れている龍太が動じるはずはなく
「言いたいことはあるだろうが、ここはとりあえず、燕の話を聞いてくれ。なっ?」
自慢の睨みが効かなかったからか、花子さんはうぐぐとたじろいだ。
しかし内心、龍太の心情は全く穏やかではなかった。平常心ですらもない。
なんせ今、龍太は学校の怪談でお馴染みトイレの花子さんと面と向かって会話をしているからである。予想に反して花子さんの見た目がギャルだったせいか、幾分と恐怖度は抑えられているが、正直さっさとここから逃げ出してしまいたかった。
「――ホラ燕、お前も人に物を頼む時は、誠意を見せなきゃだめだ」
「む、むううう……」
燕も渋い表情を浮かべ
「うちの会社に、入って、欲しい……「です、だろ?」っ……です」
そして頭を下げる。動作がぎこちないのは、慣れていないせいだろう。
本当に、これでよく今までやってこれたものだ……。
頭を下げた燕に、花子さんはようやくご満悦という感じだった。
「――まあ、そこまで頼むなら? 別に了承してあげても? いいっつーか?」
長い巻き髪に指を絡めながら、その仕草は恥らう乙女のようである。
「おっそうか、ではこの契約書にサインをくれ!」
「やっぱりやめるわ」
「なぜだっっ!? 今了承したと言っただろう!?」
「態度戻るのが早すぎなのよ! 何でもうさっそく上から目線なの! 超MM!」
「えっえむえむ?」
「超・マジ・ムカツク! って言ってるのよ! 知らないの!? 時代遅れねぇアンタ」
「きっきいいいいいいっ龍太あっ!」
ギリギリと歯を鳴らしながら、燕が龍太に抱きつく。龍太は、これ以上俺を巻き込まないでくれという具合に頭を抱えつつ、燕の首根っこを掴んで持ち上げた。
「むおおおおおおおおおっっ!!??? は、はなせ龍太あっ!」
必死に手足をばたつかせながら燕が足掻く。が、その精一杯の抵抗が龍太に、ましては目の前の花子さんに届くことはなく、生温かな微風がそよぐだけであった。
「きいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!!」
まるで、この泥棒猫! とでも続きそうな、お昼のメロドラマを彷彿させる雄叫びを上げる。どうやらこれが燕の怒り表現らしい。完全に、もはやただの駄々っ子だ。
「はんっ」
花子さんは嘲笑うように鼻を鳴らすと
「あー、アホらし。どうやらアタシが聞いてた妖怪派遣会社は、アンタの所じゃないみたいね…・・・こんな超BMな奴がやっている会社なんて、ろくな所じゃないわッ!」
きっぱりと断言する。
「びぃえむ? それならうちの影音もよく読んでいるぞ! 婦女子の嗜みだと――」
「はあ!? B・Mよ! 超・馬鹿・まるだしってこと!!」
正直これには、龍太も同感であった。思わず「確かに……」と声を漏らす。
「そっそんなあ……!」
さっきまでの威勢はどこかへ消えてしまったかのように、燕が項垂れる。よく見ると半泣きである。
「お、おい燕……」
まるで虐めているみたいだと、さすがに心苦しくなった龍太は、燕をゆっくりと下に降ろした。
「もういいだろ? スカウトは無理だ。諦めよう」
「えっ」
「えええええええええええ~~~~~~~~っ」
それだけは~~と、燕が抗議の声を上げる。しかし当の花子さん自身が嫌がっている以上は引くしかない。龍太はやれやれと頭をかいた。
「いやだいやだいやだ! 絶対スカウトするぞ! するまで帰らない!」
「帰らないってお前……」
――そうだ。龍太自身も現在進行形で、燕にしつこいスカウトを受けていたのだった。何度断っても諦めない、しぶとすぎる勧誘行為。
そしてそれは花子さんに対しても同じ。
「燕、いくら駄々こねても無理だって…………ん?」
ふと、龍太の中で何かが引っかかる。小さな違和感だった。
それはたった今、龍太が燕に諦めろと言った時だ。
大口を開けて喚く燕の声に重なって、微かに聞こえた……もう一人の声。
(いや……まさか)
手前で嫌だ嫌だと抗っている燕の背後、花子さんを見る。
一見ポーカーフェイスを取り繕ってはいるが、額や頬を伝っていく汗は動揺を表していた。
間違いない……花子さんは焦っている。それもかなり。
(――まさか。もしかして花子さんは……)
その違和感の正体を確かめる為、今度は逆のことを言ってみる。
「――いや、やっぱりもう一度スカウトしてみろよ」
「龍太ああああああん!」
今度は歓喜に沸く燕の背後で、花子さんがホッと胸を撫で下ろした。
(――あ。やっぱもしかして)
「いや、やっぱり駄目だな諦めよう」
「龍太あああああああっ!?」
揚々と万歳していた燕が、その体勢のまま悲鳴を上げる。
その背後で、花子さんが青ざめ硬直した。
もはやあきらかであった。
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