第6話 おいでませ派遣会社①
「な、おまえっ……いや、君は……っ」
そこにはつい一時間程前に路地裏で出会った少女が、相変わらず誇らしげな笑みを浮かべながら仁王立ちしていた。少女はふふんと鼻を鳴らし
「そういえば我の自己紹介がまだだったな。
燕がピースサインをキメながらウインクする。
龍太はしばし呆然となったが
「…………今、なんて言った?」
燕が言い放った言葉を聞き返す。
「む? 何だ聞いてなかったのか、我は空梨燕……」
「違う! その後だ!」
「あと? ここの派遣会社の社長を……」
「社長だあ~~~~~~~~~~~~っ!?」
キ――――ン。と、龍太の大声がフロア中に反響する。ビリビリと部屋の窓が震え、燕は両手の人差し指で器用に耳栓をしながら「むうう。落ち着け、龍太」と言った。
「路地裏で会った時、我は言ったろ? お前が必要だと。それは龍太に、この我の会社で働いて貰いたかったのだ! 丁度仕事を探している最中のようだったし、龍太が通るであろう道に求人チラシを貼らせてもらった!」
燕は屈託のない笑顔を見せると、懐から、あの電柱に貼ってあったチラシと同じ物を何枚か取り出し龍太に見せる。
「――――なるほど、ね」
そういうことか……と龍太は大きくため息をつくと
「俺を誘い寄せる為の嘘だったんだな、その求人内容は」
ぎろりと目の前の燕を睨みつけた。並大抵の人間ならそのひと睨みだけで心臓が凍りつくだろう。しかし燕は、あからさまな龍太の威嚇にまるで気づいていないと言わんばかりに首を傾げる。
「嘘なんてひとつも書いていないぞ龍太。ここで警備員として働いてくれたら月給30万円。もちろん固定給だ! いい条件だろう?」
「えっ……ま、まじ? あっ、いや、いやいや……もし本当だとしてもだ。それ、君は払えるのか? 社長だっていうならさ」
「ああもちろんだ! そして我のことは燕と呼んでくれてかまわんぞ!」
「……………………」
胡散臭い。なんて胡散臭いんだろう。こんな廃ビルで派遣会社を経営しているだけでもありえないというのに、その社長が自分と年齢も変わらない、いや、おそらくは年下の少女である。本当に会社なんてあるのか? ただの妄想おままごとに付き合わされるなんてまっぴら御免だ。しかし、目を輝かせつつも真剣に龍太を見つめている燕は、どうも嘘をついているようには見えなかった。
「……わかった、とりあえず話だけ聞いてやるよ。ただし、もしただのくだらない会社ごっこなら、俺はすぐに帰るからな」
「むう……ずいぶんと疑っているのだな」
「当たり前だろ! 常識的に考えてこんなこと……だいたい俺を働かせたいのなら、驚かせる必要なんてなかっただろう! あんな人形のおもちゃまで使って!」
「おもちゃ……?」
再び燕が首を傾げる。
「おもちゃだよ! あの動いてしゃべる市松人形! 君が」「燕だ」
「っ……燕が、仕込んだんだろう?」
随分と手間のかかることを。おかげで寿命がどれほど縮んだか。年甲斐もなく大騒ぎしてしまった自分を思い出し、龍太は気が滅入りそうになった。しかし
「おもちゃですって!? 失礼ね! 私はちゃんと生きてるわよ!!!!」
龍太と燕の間で、不機嫌そうに市松人形が吼えた。
「うおおおおおおおおおっ!?」
突然真下から乱入してきた人形におもわず龍太は仰け反り、数歩後退する。その反応にますます市松人形は膨れっ面を見せた。
「燕! なんなのこいつ! 超失礼! 最低! デカブツ暴力男! 筋肉ゴリラ!」
「まあそう言うな。ホラ、まだ頭に埃がついているぞ。取ってやろう」
そう言って燕は人形を持ち上げ、抱きかかえながら髪についている埃を掃う。人形は人形で「…………ありがと」なんて返していて
「でも燕、あの程度の洗礼であんなに大暴れするなんて、やっぱりこの男はダメよ!」
「むう。そんなことないと思うのだが……」
龍太は目の前の二人の会話をどう理解するべきなのか必死に模索していた。
おもちゃにしては動きが高性能すぎる。ならロボット? いや、腹話術か?
「なぁ……おい、その人形って……」
「む? ああ、紹介するよ龍太。この子は市子といって、ここに住み込みで働いて貰っている。正真正銘の『生きた人形』だ」
「先輩を敬えよデカブツ男!」
燕に抱っこされながら、市子が踏ん反り返る。
その解答に、龍太は一瞬思考が停止した後
「…………ほあ?」
なんともマヌケな声を返してしまった。
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