第10話 短かった日常
午前中の授業が終わると同時に、それぞれ出払っていた不良集団、もとい舎弟達が帰ってくる。彼らの昼休みはまさに、いかにして龍太に忠義を尽くすかで決まっていた。
「龍太さん! 俺、龍太さんに弁当作ってきました!」
「俺もです!」
「龍太さん! 駅前の超有名店のシュークリームです! 箱ごとどうぞ!」
普通科校舎の屋上。むさ苦しい男達が、きゃっきゃうふふと龍太を取り巻いている。少しでも龍太に気に入って貰いたい。
一番の舎弟の座をかけた戦いが、そこにはあった。
もちろん龍太は彼らを舎弟だなんて思ったことはないし、彼らに優劣をつけることもしない。
「いや……毎日ありがたいけどさ、そんなに俺に気を使うなって前にも言ったよな?」
「はいっ! 言いました!」全員が声を揃える。
「だったら……」
「好きでやってますから!」全員が満面の笑みで。
龍太はずるりと肩を落とし、仕方なく彼らの貢ぎ物を受け取るのであった。
「あ、そういえば龍太さん! 特進科の例の噂、聞きましたか?」
「例の噂? いや、知らないが……」
そもそも校舎自体離れている特進科の話が、こちら側に流れてくることなんてほとんどない。普通科が不良の巣窟、無法地帯とされているように、特進科もまた、いけすかない自称エリート、勉強しか取り得のない学歴バカの巣窟とされていた。
「特進科で何かあったのか?」
「それが……ぶふっ、くだらない噂なんスけど……最近出るらしいんですよ! その……『トイレの花子さん』が!!」
「……………………」
暫し間を空けた後、龍太は引き攣ったような笑みで
「今……なんて……」と聞き返す。
「トイレの花子さんっスよ~! すみません龍太さんこんな馬鹿みたいな話……ほんと、特進科のガリ勉共はこんなくだらない話題で盛り上がれるとか! 笑っちゃいますよね~!」
その場に居る全員が笑い出す。
しかしその一方で、龍太だけが、依然と引き攣ったままであった。トイレの花子さんが出る。こんな話、以前の自分なら今の彼らと同じように笑い飛ばしていた……はずだ。……たぶん。
「それって……どういう風な話なんだ?」
「えっ」
「あ、いや……その、花子さん……だよ、特進科でどんな風に言われているんだ?」
「あっ、はい……特進科の奴らの話じゃあ、たしか四号館三階の一番奥にあるトイレから誰もいないのに女の声が聞こえてくるらしいんスよ」
「女の……声……」
特進科の校舎は、一棟しかない普通科と違い、五棟の専用屋舎がある。普通科の龍太達はまず立ち入ることのない、おそらくエリート育成に相応しい豪華絢爛な修学施設なのだろう。
「三階……か」
「まさか龍太さん、見に行く気ですか?」
「えっ!? いや、まさか……」
「ですよね~~~~~~~~!」
――そうだ。こんなどこにでもあるようなふざけた怪談話、真に受ける方が可笑しい。
しかし龍太の脳裏に、昨日の出来事、揚々と高笑いを上げる燕と気味の悪い取り巻き達が浮かぶ。違う。そうじゃない。あれは違う。そう自分に言い聞かせるように龍太はぶんぶんと左右に首を振る。もう二度と関わることはないだろう。あの不気味な化け物ビルにも絶対に近づかないと誓おう。そう、絶対に……。
舎弟から貰ったシュークリームにかぶりつきながら、なんとなく校庭の方を眺め
「ぶっふぉおっっ!?」
次の瞬間、そこに現れた人物に、龍太は盛大にシュークリームを噴き出した。
勢い良く飛び出した生クリームが手前で談笑していた舎弟達に降り注ぐ。
「なっ、どっ、どうしたんスか龍太さん!?」
自身が生クリームまみれになりつつも心配する彼らを他所に、龍太はその場に立ち上がると、屋上の金網に張り付くようにして校庭を凝視する。間違いない。
そこにはどこかで見た……というよりもついさっき龍太の脳内で高笑いを上げていた少女、燕が立っていた。何かを探しているように、キョロキョロと辺りを伺いながら校舎の方へ歩いてくる。
「あ……アイツ……!」
「アイツ?」
「あっいや、なんでもねえよ! 俺ちょっと用事あるから! またあとでな!」
きょとんと首を傾げる舎弟達をそのままに、龍太は翻すように校舎内へ戻った。
ずんずんと足を進める燕を放っておくわけにはいかない。9割が男子生徒という普通科、それも全員不良生徒という場所に突然美少女がやって来たら、間違いなく大騒ぎになる。そしておそらく、その美少女は龍太の所へ来るだろう。ほぼ確実に。
「しつこすぎるだろ!」
悪態を吐きながら、屋上から一気に一階へと階段を駆け下りる。例の仕事の勧誘はきっぱりと断ったはずなのに、それでもきっと彼女は龍太の前に現れるやいなや、開口一番に「あっ龍太!
その場を誰かに見られたら? ここは学校だ。見られない方がおかしい。もし見られれば、いつものように俺達の龍太さん武勇伝のひとつとされてしまう、はずだ。
謎の黒髪美少女、龍太の愛人説から最悪どこぞの人妻との隠し子説まで。ふざけすぎだろうが、あいつらなら言いかねないのだ。
「それだけはやめろおおおおおっ!」
うおおおおおっと咆哮しながら二階の階段を丸ごと飛び越える。見事な着地。その前には昇降口があり、丁度入り口に到着していた燕が、突如上から降ってきた龍太に目を丸くさせていた。
「りゅ、龍太……」
「ちょっと来い!!」
燕の台詞が続く暇もなく、龍太は燕を担ぎ上げると、そのまま全力疾走で校庭隅にある備品倉庫へと飛び込んだ。
倉庫内は授業で使う体育用具が乱雑に置かれ、埃と黴臭さが鼻につく。龍太はその中でも比較的に綺麗な跳び箱の上に燕を降ろすと、誰にも見られていないことを確認し扉を閉めた。
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