第5話 ミナリスの物語
それからエルトは、'ミナリスという一人の少女が魔王と呼ばれて世界を滅ぼそうとするまでの話'を私にしてくれた。
十数年前。そこまで遠くはない過去の話。
港町ファレルから森を一つ東に抜けた先にある田舎村。
彼女は平凡で仲睦まじい夫婦のもとに授けられた女の子だった。
家族の愛情をその身に受け心身ともに健康な優しい子供として育まれていったミナリス。
彼女がちょうど十歳になった頃のこと。エルトはふと訪れた村で少女のミナリスと知り合った。それが初めての出会い。
「言った通り、外見は君とそっくりだった。真面目で優しい子でね。両親や村の人々の話をよくきく良い子だったよ。ただ、少し芯が強くて……そんなところも君に似ていたかもしれない」
その時、エルトはミナリスが傷付いた小鳥を拾って怪我を治すのを見て、'あってはいけないこと'を見てしまったのだと言う。
「この世界には三種類の魔法がある。体や武器等に印を付けて記録し引き出す≪記録(ログ)≫と、頭で思い浮かべたことをそのまま具現化させる≪空想(ビジョン)≫。そして、傷や病気を癒し生命を正常に戻す≪治癒(リペア)≫だ。……本来、治癒魔法はキュリオフェルが人間の魂を管理する為に使うもので、彼の部下達……彼が認めた者にしか扱うことができない」
「それをミナリスは小鳥に?」
「小鳥だけならば大事にはならなかった。彼女は村の人々のことも治癒していたんだ」
エルトはミナリスにすぐに治癒魔法を使うことを止めるように伝え、彼女も自分に本来あるべきでない魔法の力を封じ込めて忘れてしまおうとした。
けれど、彼女を頼りにしていた村人や彼女の力を利用していた両親から責め立てられてしまい、やむなく治癒魔法を使い続けてしまった。
「私はよく言い聞かせたんだが、彼女の親たちがその力に気付き金銭のやり取りまで始めてしまった。それから瞬く間に彼女は噂になってね」
その結果、キュリオフェルに見付かってしまった。
エルトが懸念し、黙って止めさせようとしていたにも関わらず神竜の怒りをかってしまった。
キュリオフェルは本来、人間が持って生まれることのない治癒魔法を勝手に扱い、私腹を肥やすような行為をさせられていた少女を許さなかった。
「キュリオフェルはミナリスを殺してしまおうと画策した。魂を管理する彼には直接人間に手を下せない制限があるから、彼女の周囲の人間を利用してね。だが、彼女は空想魔法(ビジョン)の適正も持っていた」
「空想魔法(ビジョン)っていうのは、えっと……」
「空想魔法も元来、人間が持って生まれる格率は低いものなんだ。常人とは異なる魔法の回路が生まれつき備わっていて、極端に言えば思い描いただけで生物を殺すことだって出来る」
ミナリスはその空想魔法を駆使してキュリオフェルの魔の手を掻い潜り目をつけられてからも数年間生き延びた。
激昂したキュリオフェルはとうとう最後の手段として、自ら彼女をエルトのいる深淵に突き落としたのだという。
「異常事態だと判断したキュリオフェルが彼女を世界の廃棄物と見定めたが、私にはミナリスを食い消してしまうことは出来なかった。……彼よりも先に彼女を知っていたから」
「それは……」
「ああ。それから私はキュリオフェルの目を盗み彼女を自身の腹の中で匿ったよ。ミナリスも私の言いつけはきちんと守って生活してくれていた」
だが、とエルトは俯いて声のトーンを落とす。
「だが、ある時彼女の体に異変が起きた」
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