4-6

リメロの存在に命の危機を感じてしまったのか。

いきなり毛を引っ張った謝罪はしてくれたし、一旦はメナちゃんも落ち着いたのだがどうにも隣で自分に注目をしている猫耳のお姉さんと目が合う度、助けて欲しいと訴えるように私を見上げて震えている。


「どこへ行くんだいユーレカ?」


「ち、ちょっと私お花を摘んできまぁす……」


毛を逆立ててそわそわしっぱなしなメナちゃんがかわいそうになってしまい、私は御手洗いに行ってくる振りをしてカフェを抜け出た。

クロワッサン以外のパンも食べてみたかったし、頼んだ甘いカフェオレも半分も飲めていないが仕方ない。か弱い友達を怖いお姉さんたちから守るためよ。


「落ち着いた?」


「んぴゃあ」


カフェから遠くない木陰に座る。芝生の香りを感じる小さな空き庭はどこかのお店の所有地なんだろうか。

私がきくと、メナちゃんは私の膝で小さな体をころころ転がしながら笑って返事をした。


「よしよしかわいそうに。リメロさんもエルトもほんとにメナちゃんに乱暴だし雑なんだから……あら、四つ葉のクローバー……これね、見付けると幸せになれるんだよ?」


「ぴーぴょ! ぴぴゃぴ!」


なんとなく見ていた雑草の中にあった一本を手に取りメナちゃんに差し出してみる。果物や野菜の名前を教えるのと同じように説明して。

だけど、鼻先を近付けてくんくん嗅いでいたかと思うとメナちゃんはクローバーに食いついてむしゃむしゃ食べてしまった。


「メナちゃん……」


「んぴゃ?」


「うーんと。そうじゃなくて、ねぇ……」


この子は私が手から与えたものは何でも食べ物だと思ってしまうらしい。エルトもそう言っていた。メナちゃんは私が声を出しても何が間違っていたのかわからず、ぽやっとした顔で疑問符を浮かべている。


「んぴぴぃ」


「おいしかったの? ならまぁいっかな……」


怖がっていた様子は何処へやら。私の手にもふもふの毛を寄せて甘えるメナちゃんはすっかり機嫌を直したようだ。


「さて。そろそろ戻ろっか。二人に聞きたいこともたくさんあるし……」


本当に赤ちゃんみたい。人の気も知らずにこにこ笑っているメナちゃんを抱っこして、来た道を辿り戻る。

私が返ってくるまでにリメロの休憩時間が終わってしまったのだろうか。ちょうど店を出て別れの挨拶をする二人が見え、私は彼女と入れ違いになるところだった。


「それじゃあね。彼女の健康診断の予定が決まったら連絡を頂戴。それと、さっきみたいに変に刺激するような事はやめなさいな。彼女は仮にも魔王ミナリスの生まれ変わりなんだから。もしもの事があったら……」


「ああ。わかっているよ。もしもが無いように私の中にいるんだ。大丈夫さ」


二人の会話が聞こえて立ち止まる。


(リメロさん今、なんて? ……魔王? 何の生まれ変わり? 彼女って? 私のこと? で、間違いなくて……?)


クエスチョンだらけになって一瞬思考停止する私をメナちゃんはどんな顔で見上げてただろう。


(なに? 魔王って? なに……?)


「ゆーゆぴ? ぴゃ……?」


メナちゃん語が手元から聞こえる。これは頭が真っ白になってる私の名前を呼んでる。そのくらいは解るようになってきたから。どうしたの?って聞いてるやつだ。そりゃ、どうしたもこうしたも。


「今の話を?」


立ち尽くしていることに気付いてくれたエルトがこちらへやって来る。

私も彼も気まずそうな顔になっていて、メナちゃんだけがいつも通り。


「あの……」


息を飲んでエルトを見上げ、


「魔王ってナンデスカ?」


「魔王……その呼び方は人々の蔑称なんだ。君は確かに亡くなったミナリスの姿で帰ってきた。そして、キュリオフェルが君を彼女の生まれ変わりだと告げた」


「キュリオフェルってあの、真っ白な人……」


「ああ。人々の魂を運ぶ神竜だよ。彼が言うことに間違いはない」


危ない想像をかき消す僅かな期待を抱きながら尋ねたが、エルトは冗談で誤魔化すでも否定をしてくれるでもなく、出会ってから今までのうち一番真面目な表情で私の肩に触れた。


転生した自覚を持って目を開けた瞬間を思い出す。あの時はいっぱいいっぱいでエルト達の会話を理解する余裕もなかった。だけど、今ならわかる。

かわいい服を着ておしゃれをして、甘いお菓子を食べて、遠いところに行って、いずれは恋をして。そんな普通の女の子になれないことを悟っていた。

きっと初めから。


「でも、君には君でいてほしい。外見がミナリスに似ていようと君はユーレカなのだから」


「そんな風に言われても……」


私は普通の女の子じゃない。それには私もどことなく勘づいていた。だって、私は化け物の内臓の中で生活をさせられるのだから。その時点で普通の女の子としてはあり得なかったのだ。

私に肩書きが追加された瞬間だった。



ーーーーわたし、魔王の生まれ変わりでした。

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