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広がる波の中、風の降る音にぼんやりとイメージを浮かべる。

此処は何処?

どの世界の、どの時間の、どの辺りにいるの?


いつか本の中で見た神様が言語を別けた塔?

あの世とこの世を繋ぐ冷たい川のほとり?

科学の進歩で埋め立てられてしまった海の底?


私が知っている場所なのかすらわからない。

色々浮かべて考えてみたけれど、実際に行ったこともない場所を並べて比べてみたところで、正しいかどうかもわからない。


私の記憶は途切れ途切れで、いつだってヒントを中途半端に投げ付けてくるだけで。眩暈がする。


やっと目の前に映る暗闇に目が馴れてきた。

粉塵のようにキラキラと人の形が星のかけらになって夜空に舞い散る場所。

さっきからとても恐ろしい高さから落下している筈なのに、怖くないのはやっぱり夢の中だからなのかな。


知らない場所なのに、知っているような気もする。

私は畳んでいた足をゆっくりと伸ばして、爪先から着地し、柱のように狭い一つの高台に降り立った。

私以外の人々はみんなもっともっと下に落ちていく。

ぱちゃん。ぼちゃん。と、音がして、私のいる柱の下が真っ黒い海のようになっているのが解った。


振り返り下を見れば落ちてきたたくさんの遺体が水面にぷかぷかと浮いている。沈んだりもしている。

とても遠くてここからじゃ空から射す白色に反射した粒が光っているようにしか見えないけれど。確かに。

取り残されてしまったような寂しい気持ちになるけれど、水の上に放たれているのは亡くなった者達で、私はそっちには行けなくて、長い高い柱の上からそれを見下ろしているだけ。


上へ上がるにも翼が無い私じゃ飛んで逃げ出す事も出来そうになくて、ただ黙って空から降る死者たちが水に飛び込む様子を見守っていた。


一つ、人々よりも際立って大きな塊が私の立っている足場の隅を掠めて海に落ちた。

一抱えの銀の大きな箱のようなもの。傷が付いた鉄の塊。

空から投げ出されたように落ちてきた無機物は、一直線に地下の水面に波紋を広げて着水した。

何故なのか。私は親しみを感じて、それから目が離せない。

受け止められる訳がないのに両手で掬おうとして前のめり。危うく自分も躓いて落ちてしまいそうになった。

途端に、私に来るなと言っている。そんな気がする唸り声が水の中から挙がってきて返事をしてしまう。


「い、いいえ。私は……わ、私は大丈夫です。何ともないです。でも…………えっと? ……あ……れ……?」


同じように落とされた人々の死骸を分けて水面に浮いていた鉄箱が割れ、輝く黒い塊が現れた。何か様子がおかしい。他の遺骸たちとは違う雰囲気がある。

水から伸びる蔦のような泥のような黒が鉄箱を包み込む。

広がる悪意が一帯を灰色に。黒ずみ、艶やかな黒、冷ややかな漆黒、あでのない隙の無い真黒、時間と共に停まる色の黒色に変えていく。

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