6-4
「ぴゃーっぴ! ぴぴきゃー!」
「平気だよ、メナちゃん。なにもそんなに慌てなくたって」
私を止めようとしてメナちゃんが地面でぴょんぴょん跳ね回る。
でも、もうやると決めたことだもの。
エルトのお腹の中で退屈をもて余してる間じゅう考えていたことだもの。
意を決し、
「来て! ファレルファタルム! 神秘の輝石竜(ミルウォーツ)よ! 私の声に応えて……!」
翳した片手に力を込めて念じる。
指先にふわりと光を灯しながら、私はひたすらに頭と心で絵本の中に描かれた竜のことを想像する。
彼女、輝石竜・ファレルファタルムの物語はこんな内容だ。
「……『あるところに、人間たちを豊かにするため神様が生み出した一匹の竜がいました。
彼女の名前はファレルファタルム。
真っ白な鱗を持つ美しいドラゴンです。
ファレルファタルムは人々が住む港街へと降り立つと、ファリーという愛称を自身に付けて人間の姿に変身し、人々の様子を観察し始めました。
ファリーから見た人間たちは素直で親切な良い人が多く、彼女はすぐに港街が大好きになりました。
お腹を空かせた彼女にパンや果物をくれたおばさんも、裸足の彼女に靴を作ってくれたお兄さんも、迷子の子猫を一緒に探した子供たちも、ファリーは大切に思うようになり、また港街の人々もファリーのことが大好きになりました。
しかし、あるときファリーが人間ではなく竜であることが人々にバレてしまいます。
それは神様とファリーの間で交わした約束を破ってしまうことになり、それをきっかけにファリーは港街を離れなくてはいけなくなってしまいました。
ファリーのことが大好きな人々は彼女を引き留めようとします。
そんなとき港町は何日も続く大雨に見舞われます。
神様が約束を破ったファリーに罰を与えて人々を苦しめていると感じ取ったファリーは、一匹で荒れ狂う海の上を一日中休むことなく飛び回りました。
するとどうでしょう。
不思議なことに何日も続いていた嵐が止み、空も海も静けさを取り戻します。
穏やかな景色が戻り喜ぶ港街の人々でしたが、嵐に一人立ち向かったファリーは傷だらけになってしまいます。
やがて港街を救った英雄は力尽き、安らかな眠りにつきました。
砕けたその身は輝きを宿し、宝石は無窮の煌めきを絶さぬよう星々となって夜空へあがってゆきます。
港街と共に生まれ生きた竜……ファレルファタルムは人々を見守る星座へと姿を変え、いつまでも空に在り続けるのでした。』」
気付いたら結局全部声に出して読んでしまっていた。
儚くて悲しいストーリーだけれど、柔らかなタッチで描かれた挿し絵のおかげでそれだけではないと感じられる。
素敵な物語だと思う。
だから私もファレルファタルムに会ってみたいと思ったんだ。
「ぴゃーーーー! ぴっきょ! ぴょーー!」
「もう、メナちゃんってば、私感傷に浸ってたのに……って、わ! わわっ!」
メナちゃんの悲鳴に手元を見れば、私の手から立ち上る光は炎でも水でもない色に変わっていた。
しいていうなら闇の色といった感じ。
認めたくなかったけれど、流石は魔王の生まれ変わりが扱う魔法といった雰囲気だ。
見るからにまがまがしいオーラに包まれている。
「きゃっ!」
手から溢れ絵本を包み込んだどす黒い光が一気に膨らみ、そのままバツンッと破裂して、思わず目を瞑る。
(失敗しちゃった、かな……)
最悪の事態も考えながら恐る恐る目を開けると、私の前に現れていたのは、禍々しい闇の塊から出てきたとは思えないほど繊細な神々しい姿。
まるでおとぎばなしに出てくるお姫様を連想させるような、とても綺麗な女性がそこにいたのだった。
わたし、魔王の生まれ変わりみたいなので普段は怪物のお腹の中ですがわりと不自由なく暮らせています。最強の力を使って無双する気はまったくないです。 海老飛 りいと @ebito_reat
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。わたし、魔王の生まれ変わりみたいなので普段は怪物のお腹の中ですがわりと不自由なく暮らせています。最強の力を使って無双する気はまったくないです。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます