第13話 期待はずれの夜に

 食事が終わった後、僕は町長の家に泊めてもらうことになってしまった。

 町長が、


「リスタ殿は街の英雄ですから普通の宿などに預けられません!

 浮かれて発情した娘たちに夜這いなどされてはそれは町の恥ですからな!

 我が家なら寝所を侵されるようなことはあり得ませんのでご安心を!」


 と誇らしげに言うものだから押し切られてしまった。

 


『つまんね。せっかくお膳立てしてやったのに』


 町長の家の寝室のベッドで寝転がっていると、ザコルがそうやって僕をなじってきた。

 半ば八つ当たり気味に僕は反論する。


「僕だって断ろうとしたさ!

 だけど親切心を踏みにじるのは気がひけると言うか」

『アホか。

 貴族的価値観では英雄をもてなすのは当然であり名誉なことなんだよ。

 そして名誉は連中の飯の種だ。

 万一、英雄譚の一節に家名が残せればその家は国が続く限り安泰だ。

 まったく……そんな押しの弱さじゃ女抱くなんて十年早いよ』

「ザコルさんこそ言ってたこと全然できてないじゃないですか!

 一晩中セシリアを引きつけてくれるんじゃなかったの?」

『予定ではそうだったんだよ。

 街の酒場で酒を酌み交わしながら生前の思い出話を時におかしく、時にしっとりと語り合い心が通いあったところで、

「こんなに人がいるのに俺のことお前しか見てくれないんだな。

 まあ、俺はお前しか見えないんだけど」

「ザコル様……ポッ」

「セシリア……! ちゅっちゅっ……はぅぅ〜」

 ってな具合に盛り上がって一晩中愛し合う予定だったんだよ』

「なにやろうとしてんだよ!

 もういっぺん殺すぞ!」


 思わずマジギレしてザコルの首を絞めてしまう。


『お、落ち着け! なにもしていない!

 神に誓って!!』

「神殺しまでしでかしたアンタがそいつに誓うな。

 てか、まだセシリアのこと諦めてなかったの?

 この五年間ずっとアプローチしてたのにフラれ続けてるんだろう?」

『うるせえ、英雄は諦めないんだよ』


 キリッとカッコつけているくせに別にそれほどでもない平凡な男。

 この男に生前は百人を超える愛人がいたというのだから世の中間違っていると思う。


『つーか、リスタよ。

 俺とセシリアが懇ろになるのをなんでそんなに嫌がるんだ?

 もしかして、お前もセシリアに気があるの?』

「アンタみたいなチャランポランのものにならなければどうでもいい」


 ひでえ、と言って笑うザコル。


 僕は少しだけ嘘をついた。


 ザコルだけじゃなく、ベントラにもナラにも、誰にもセシリアに触れてほしくない。

 あまつさえ、ザコルが僕に語り聞かせてくれたような男と女の情事なんかを彼女にはしてほしくない。

 想像するだけで気持ち悪くなってしまう。

 そんな独占欲に似た何かを僕は抱えている。


 似た何か、という言い方をしたのは僕がセシリアとどうこうなりたいという願望は無いからだ。

 彼女が死者というのもあるだろうけど、彼女にそういう欲を抱いた事はない。

 とても綺麗だし、魅力的なのはわかる。

 だけど、僕にとってはセシリアよりも多少見栄えが悪くても、僕に好意を剥き出しにしてくれていた町の女の子たちとどうにかなりたい……


 どうにかなりたかったのに!


 おっさんとじいさんとばっか話してただけで一晩終わっちゃったよ!

 あれ? 修行中とあんまり変わってなくない!?


「…………考えていたらなんか辛くなってきた。

 さっさと寝よう」

『ま、日中にエロいことしちゃいけないって法律もないしな!

 明日は適当に町ぶらついて女口説き落とそうぜ!』


 と、ザコルさんは軽口を叩いた。

 その時、部屋の外で見張りをしていたセシリアがスゥと壁を抜けて来た。


『リスタ、リスタ。

 なんか男の人が部屋の前にやってきた』

「どんな感じの人?」

『んー、30過ぎくらいかしら?

 頭良さそうでちょっとハンサムな人』


 主観が大きくて伝わってこない……けど、多分、


 コンコン、とドアが叩かれる。

 どうぞ、と促すと入ってきたのはやはり食事の席にいた若い男だ。


「先程は名乗ることすらせず失礼いたしました。

 私はボリスの息子、ヨゼフでございます。

 二十五年前、この町に滞在していたセシリア殿には大変可愛がっていただきました」


 と、彼がいうとセシリアがあー、と声を上げる。


『いたいた。町長のお孫さんだ。

 私が会った時はこーんなに小さかったのに立派になったわねえ。

 覚えていてくれたんだ』


 嬉しそうにするセシリア。

 だけどヨゼフに彼女の姿は見えない。


「リスタ殿。今後どうなさるおつもりなのですか?

 セシリアさんと同じように冒険者になられるのですか?

 だったらこの町で冒険者登録されてはどうでしょう。

 ともにこの町を盛り立てていただきたい」

「いえ、僕は……」


 このクエルの町にはいつまでもいられない。

 母さんの仇を討つためにはランパード家に戻る必要がある。

 とはいえ、放逐された家の名前を出すわけにはいかないし、どうしたものかと少し悩んだ。


 沈黙を否定と受け取ったのか。

 ヨゼフは残念そうにため息をつく。


「この町に残っていただけなければ、それはそれで構いません。

 ですが、ひとつ私の願いを聞いていただけませんか?」

「お願い……ですか?」


 ヨゼフはうなづくと椅子に腰掛け、じっくりと話し込む姿勢を取った。

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