第19話 後悔と鎮魂の刻

 一晩かけて、コナー村のほとんどの家を回った。

 翌朝、起き出した村人たちは隣近所と大騒ぎで夜に自らが体験した事を話し合っていた。


「聖霊様の儀式は嘘っぱちだったんだ!

 俺たちは同胞を殺し続けていただけだ!」

「おおばばさまは!?

 ここ数年毎年のように儀式をやっていただろう!?」

「おおばばさまは寝込んでいるらしいぞ!

 やっぱり、祟りなんだよ!

 殺された娘たちの!」


 僕は民家の屋根の上からその様子を見下ろしていた。


「これで下準備は整ったな」


 恐怖が蔓延している。

 この状況なら無理やりな説得も通りそうだ。


『頑張れよ。

 腕っ節だけじゃ英雄は務まらねえ。

 俺みたいなカリスマ性が必要なのさ』


 ザコルさんはそう嘯く。


 わかっている。

 僕の肩にこの村の生者の運命がかかっていることは。


「聞けえええええええっ!!

 村人たちよ!!」


 僕はできる限りの大声を張り上げた。

 すると村人たちは一斉に屋根の上に立つ僕を見上げた。

 集まった視線に日和りそうになるがなんとか堪える。


「この村は呪われている!

 お前たちや先祖たちが殺し続けた数多の生贄たちによって!

 そして、その呪いはもう隠れていることをやめた!

 これからは昨夜よりももっと恐ろしいことが起こるぞ!!」


 僕の言葉にどよめく村人たち。

 だが、村長である中年男が顔を真っ赤にして声を上げた。


「だまれっ!! 何が呪いだ!!

 そんなものあってたまるか!!

 皆も騙されるな!

 マイヤ婆様よりも得体の知れないガキの言うことを信じるのか!?」

「マイヤ……ああ、あのエセ霊媒師か」


 僕は馬鹿にするように笑いながら吐き捨てる。


「断言する。

 あの老婆は霊媒師でもなんでもない。

 ただの小狡い年寄りだ。

 そこの強欲な村長一族と結託して、邪魔者や気に食わないものを生贄に仕立て上げ権勢を振るった悪党だ」

「黙れ黙れ、黙らんかあああああ!!」

「お前たちはその悪党に唆されたとはいえ、同胞を死に追いやった共犯者だ!

 その子供から母親を!

 その父親から娘を!

 妻を! 姉を! 妹を!

 この村にいなければ生きられた者たちを死なせたんだ!!

 呪われて当然だ!!」


 僕はあえて強い言葉をぶつける。

 当然、反論してくる者もいたが昨日のことが頭をよぎるのか歯切れは悪く、また言葉にうなづき苦しそうな顔をしている者が多い。


「放っておけば近いうちにお前たちは全員呪い殺される。

 だけど、それは僕が…………

【英雄アリスタルフ】は望まない!

 お前たちにチャンスをくれてやる!」


 そう言って、僕は隠していたターニャを引っ張り出した。

 生贄として死んだはずの彼女が現れたから村人たちは当然驚いた。


「僕はこの娘を救い、クエルの町に連れていくつもりだった!

 この子の父親は貴族だからな。

 たんまり褒美をもらうつもりだ」


 僕の言葉を聞いて、村人たちは慌て始めた。

 ポリーナがどこぞの馬の骨に孕まされたなどという話は聞いていたのだろう。

 だが、それがヨゼフ《貴族》とは知らなかった。

 もし、貴族の娘を生贄にして殺そうとしていたことがバレれば誅殺されてもおかしくない。

 村人たちの顔色が真っ青になった。


 理解が早くて助かった。

 ならばこれに食いついてくれよ。


「僕が望む褒美は…………お前たち全員にクエルの街の市民権を与えることだ!!」


 村人たちはザワっ、と音を立てて騒ぎ出した。


「俺たちがクエルの町に住めるのか!?」

「悪くない……それどころかありがたい話じゃないか!

 飢えや貧しさから救われるかも知れんぞ!」

「待てよ! この村を捨てるっていうのか!?」

「だけど、昨日みたいなことが続けば……」

「ターニャを儀式に捧げたことは?

 バレたら罪に問われるんじゃ……」


 パン! パン! と僕が手を叩くと村人たちは黙りこくって僕の言葉に注目した。


「……僕は全員と言った。

 年寄りも子供も、そこの村長やエセ霊媒師も全員だ。

 当然、ターニャの件については不問にさせる。

 依頼人も事を荒立てたくないようだからな」


 村人たちに安堵の表情が見え始める。

 しかし、昨夜、娘の怨霊に向かって泣いて詫びた老人はこう言った。


「ありがたい申し出だが、そうはできん。

 呪われていようとなんだろうと、ここは娘や家族が眠る地だ。

 ワシは最後までここに残る」


 彼の言葉に村人たちがどよめいた。


「やめておいた方がいい。

 昨日の幽霊騒ぎであんたも思い知っただろう」

「そうだよ。

 みんな出ていくんだ。

 一人きりで生きていけるほど恵まれた場所じゃないんだよ、ここは」


 他の村人たちが彼を説得しようとするが受け入れはしない。


「我が子に呪い殺されるならば本望だ。

 生き長らえて、やるべきことなどなにもない」


 決意のこもった瞳。

 きっと、昨日の謝罪は心からのものだったのだろう。

 そのことに少し救われる思いだった。

 だけど、その決意は望ましくないものだ。

 年老いた男が一人きりで生きていけるわけがない。


『おとうさん……ダメ……

 この村を離れて…………』


 娘の霊が泣きながら老人に駆け寄る。

 それはどの村人にも見えていない。

 僕は霊の言葉を代弁することができる。

 だけど、それでは足りない。

 人を動かすには。

 僕自身の言葉でぶつかるしかない。


「娘さんはあなたの死を望んでなんかいない」

「……あんたに何がわかる?

 五十年、後悔して生き続けてきたワシの何が」

「あなたのことはわからない。

 だけど子供の気持ちはわかる。

 自分のことを思ってくれる親の死を、望む子供なんていないってことは……」


 僕の言葉に老人は唇を噛んで目を瞑って黙り込んだ。

 娘の霊は彼を抱きしめている。

 その体の周りには少しずつ黒いものが混じってきている。

 僕に祓われた邪念が少しずつ戻り始めているのだろう。

 時間はない。


「あなたたちは罰されない。

 だけど、胸に刻んでおけ。

 あなたたちが生きているのは同胞の血肉を食らった結果だということを」


 僕の言葉に村人たちは皆、痛々しそうな表情を見せた。



『…………と、ここまでだ。

 おまえらに許された復讐は』


 ザコルさんが怨霊たちにそう呼びかけると彼女たちは僕が描いた魔法陣の上に集まった。


 彼女たちの悲しみや苦しみは簡単には救えない。

 昔の者は何百年もの長きに渡って怨霊として呪いの火をくべらせ続けてきた。

 それでも根は村のために家族のためにと自分の身を捧げた善なる者たちがほとんどだ。

 僕の攻撃で邪念が弱まり正気を取り戻した状態で村人たちが恐れ慄くところを見られたことや村を捨て儀式をやらなくなることが決まり溜飲を下げてくれたようだ。

 おかげでカタがつけられる。


 両の掌を合わせて僕は魔法陣を起動させ、魔力を注ぎ込む。


「我は願う。

 肉体より解き放たれた魂が迷うことがないように。

 汚れた泥を落とし帰路につけるように。

 その眠りが永遠の安息となるように。

 見送る者たちに癒える悲しみと消えぬ感謝を遺すように。

回式消滅呪文改ラクリモーザ】」


 詠唱とともに魔法陣に仕掛けられた魔法が発動し、青白い光の柱が天に向かって伸びていく。

 その光は普通の人間にも見えるものだから村人たちは驚き、腰を抜かす。

 光の柱の中では怨霊たちが分解されていく。


 回式消滅呪文改ラクリモーザは攻撃魔法ではない。

 どちらかといえば治癒や回帰の効果を持つ回式に分類される魔法。

 光の中にいる者たちを同意の元に消滅させる効果を持つ。




 ナラ師匠との魔法の修行はただ魔法を授けられるだけではなく、自ら魔法を開発することを求められた。

 その中で僕が編み出した最初の魔法がこれだ。

 ナラ師匠は当然呆れていた。


『最初に作る魔法にそんなものを選ぶ貴様のセンスはどうかしておるよ。

 安楽死にでもつかうつもりか?』

「そのつもりですよ。

 師匠から聞いたことから推測するに、怨霊は自害することも自然消滅もできない。

 聞き分けのない者ならば無理やり消すことも厭わないですが、そうでない者はできるだけ優しくしてあげたいんです」

『たしかにくらう相手の「同意」や「自己決定」の縛りによって魔法の効果は洗練できる。

 破壊を伴わない純粋な消滅の魔法になれば痛みや苦しみは除けるだろう。

 だが、怨霊たちはそこまで優しくはないぞ』


 ナラ師匠は意地悪を言っているのではないと分かっていた。

 僕がやろうとしていることは自己満足に近い。

 善行かもしれないが、それは生者には見えないもので、誰かの心を打つことはないのだから。

 それでもだ。


「相手が優しくなくても、僕は優しくありたい。

 少なくとも自分が恨んでいない相手くらいは」


 僕は怒りと憎しみを以って母の復讐をしようとしている。

 願掛けみたいなものだろうか。

 その復讐にまつわること以外では聖人のようにありたいんだ。




 光の柱の中で怨霊たちが消えていく。

 その表情は心なしか安らかなものに見えた。

 村人たちにそれを視認することはできない。

 だが、指示したわけでもないのに神々しいものを崇めるように光の柱に手を合わせたり頭を下げたりしていた。

 消えていく彼女たちの鎮魂を願うかのように静かで厳かな時間が流れていた。

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