第18話 死神の正体

「これでよし。次は村長の家に行くか」


 気絶した霊媒師を見下ろして僕は他の人たちに同意を求めるように呟いた。


『こっわ〜〜……リスタ、こっわ〜〜〜!』


 セシリアが自分の体を抱きしめながら僕に慄いたような視線を向ける。


「褒め言葉と受け取っておくよ。

 コイツには怖がってもらわないと意味ないんだから」


 霊媒師。

 ザコルさんから話を聞いていたけど、もし本物なら、って少し期待した。

 僕と同じ能力を持った人に会ってみたかったから。

 だけど、結果はこのとおり。

 霊魂と僕の作り物の死神との区別もつかないなんて。


 手に持った頭蓋骨を見て呆れ返った。





 祭壇での怨霊との戦いで僕はトドメを刺さなかった。

 戦っている中で怨霊の力の底は測れたし、消滅させず無力化させることは十分可能だった。

 怨霊といえど元は人間。

 戦闘力が下がると弱気になったのか自我を取り戻し始めた。

 もちろん時間を置けば力を取り戻し、暴れ出すんだろうけど猶予はできた。


 僕は村の近くの墓を漁って骸骨を盗み、また、おあつらえ向きの黒いローブを調達した。

 それらを纏い、魔法で黒い霧を体の周りに発生させ、さらに念話の魔法をわざと精度を低くして音を濁らせる。

 これで死神の側は出来上がった。

 これだけでも十分恐怖を煽れる代物だとは思うがそこに一工夫。

 怨霊たちを引き連れて、彼女たちの言葉を代弁するのだ。

 僕が下手な台本を書くよりもよっぽど真に迫った言葉や、当人同士でしか知り得ない情報を彼女たちは発してくれる。


 おそらく、あの霊媒師は目覚めた後もいまさらながらに過去の自分の罪を思い返して後悔の念を抱くに違いない。


『一軒一軒全部回るのかよ?

 一晩で足りるか?』

「やれるだけやる。

 村の上層部が儀式の元凶だとは思うが、村人たちも手を貸し、見て見ぬふりをしているんだ。

 少しは罰を受けるべきだろう。

 でなきゃ、彼女たちが浮かばれない」


 ザコルさんに語りながら後ろに連れてきた怨霊たちに聞かせる。

 霊媒師に怒りを覚えていた人たちは少しは溜飲を下げたのか、黒い霧が薄れていた。

 中には感極まって泣いている者もいる。

 セシリアはそんな彼女たちを慰めるように肩を抱いてやっていた。


『リスタ。たしかにこれは、あなたしかできないことね』

「冒険者や英雄らしくないとは分かっているけど」

『この上なく英雄的よ。

 目に写るものすべてを救おうとするなんてね』


 彼女が僕を褒めてくれる。

 そのことが嬉しくてそれだけで満足してしまいそうになる。

 やっぱり僕は英雄からは程遠い。




 それから、村の家を片っ端から回った。

 ほとんどの家では突如現れた死神と暴露される秘密に恐怖し、家の人たちは失神していった。

 だけど、中には僕が思いも寄らない様相を見える家もあった。



 その家は年老いた男が一人で住んでいる家だった。

 彼の前に現れ、怨霊の言葉を代弁した瞬間、彼は泣き崩れながら首を差し出してきた。


「ゾラ……どうか、ワシを罰してくれ。

 逃げることも抗議することもせず、娘を生贄に捧げた愚かな父だ。

 お前が怨霊と身を落としたのならワシも共に堕ちよう。

 少しだけでも……償わせておくれ……」


 僕の背後に立っていた怨霊は戸惑った。


『おとうさん……

 私がいらなかったから、生贄に推したのでしょう?』

「ちがうっ! 断じて違う!

 倉庫番をやっているワシにはあの年、村に食料が足りていないことがわかっていた!

 病弱なお前に村長たちが貴重な食料を分けることはないことも。

 だからいっそ、お前が聖霊様になれれば飢えの苦しみから逃れられると……

 情けなすぎる言い訳だ。

 苦しむお前を見たくなかったから儀式に捧げたのに、お前がいなくなってからはずっと後悔ばかりし続けている。

 どうか……終わらせてくれ……ゾラ、終わらせてくれ」


 死を懇願し何度も床に頭を打ちつける老人に怨霊も僕もかける言葉が見当たらなかった。



 別の家ではもっと困ったことが起きた。

 家の主人に怨霊の声を代弁して聞かせ脅していると、子供が抱きついてきたのだ。


「おかあさん、おかあさん!

 かえってきてくれたんだね!」


 大人が恐れ慄く死神の姿をした僕に子供は笑顔で抱きつく。

 彼の母だった怨霊が声を震わせて言う。


『だ、ダメよ……お母さんは聖霊様になれなかったの……

 こんな、恐ろしい姿になって』

「せいれいさまじゃなくたっていい!

 ガイコツだっていい!

 だから! おかあさん!

 ぼくをおいていかないで!」


 彼女は僕の背後でワッと泣き出し、子供を抱きしめようとした。

 しかしその手はすり抜ける。

 代わりに僕が子供を抱きしめる。

 わんわんと腕の中で泣く子供の声を聞いて、自分がヒドイことをしてしまったように思えた。




『グスッ……あの子もママも可哀想すぎる……

 こんな村にいなければ……』


 次の家に向かう途中、セシリアはずっともらい泣きしていた。

 ザコルさんはそんなセシリアの頭を撫でるも、普段のようないやらしさは抑えてこう言った。


『生者は死者と触れ合うことはできない。

 だけど、死者との思い出を抱いて生きていくことはできる。

 子供にとっては辛い別れでも、それで人生すべてが悲しみに染まるわけじゃない。

 だから、あんたが全部背負い込んで後悔したり苦しんだりする必要はないんだ』


 なんとなく、ザコルさんが僕以上にセシリアをわかっているような口ぶりをしていた気がする。

 少しだけ不快だったけど、今はそれどころじゃない。

 僕は怨霊の母に縋る子供に感情移入してしまって涙と一緒に心が鋼になりそうになる。

 今はその時ではない。

 僕は目の前のことをやらなくちゃいけないんだから。

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