第17話 邪悪の論理

 霊媒師。

 それは霊魂を目で捉え、その声を聞くことができる稀人まれびとのみが勤められる職業。

 学術的に進化したユーレミア王国においてはすでにその存在は否定されており、霊媒師を名乗る者はもれなくペテン師とみなされ私刑に掛けられるのが常である。

 しかし、外界から遮断された一部の村ではいまだに霊媒師を信じ、特権を与えているところもある。

 コナー村はその一つだ。


 コナー村には代々霊媒師を村の御意見番として扱っている。

 霊媒師になるのは村長の血筋であり、病に強く、頭の賢い者。

 12の誕生日を迎えた霊媒師の候補者は修行という名目で村を離れ、王都に留学する。

 そこで村では得られない高等教育や専門知識を身につける。

 20になる頃には村に戻り、当代の霊媒師に代替わりの時まで助手として仕える。

 コナー村の霊媒師が世間のペテン師と少し違うところは村における唯一の知識人であることだ。

 その見識により、簡単な病の診断や対症療法を行うことができるし、天候の予報や交易の指示もできる。

 但し、それらを知識によるものではなく霊媒師としての能力によるものであると偽って村人たちに接する。

 霊媒師の事情を知る者は村長を含めたごく一部の者だけだ。


 何故、わざわざ霊媒師などと偽らなければならないのか?


 それは、ザコルが解説したコナー村の間引きが原因である。

 ただ、食糧が乏しいので間引きしよう、といえば当然、村人から反発が出る。

 無教養な村人に他人のために犠牲になることを厭わない聖者の精神は芽生えない。


 しかし、信仰している霊媒師から、


「聖霊様が弱っている!

 早く新しい聖霊様を立てねば村にモンスターが押し寄せるぞ!」


 と言われれば話は別である。

 さらに、


「死して聖霊となった者にはこの世で味わえぬほどの幸せが訪れる!

 何故なら自らの命を賭して村を守る英雄だからだ!

 名誉あるお勤めなのだぞ!」


 と後押しをされれば、貧しく無知な村人たちはコロッと載せられてしまう。

 家族を死に追いやる者ですら笑顔で儀式を執り行う。

 生贄とされる娘たちも多くは死の直前まで自分を誇らしげに思っていた。


 コナー村の聖霊の儀式と称した間引きには霊媒師という肯定者が必要であった。

 故に現代にまでその役目は継がれてきた。




 ターニャの儀式が行われた三日後の晩。

 当代の霊媒師マイヤは祭壇に血と千切れた鎖しか残っていないという報告を受けて上機嫌だった。


「ようやく面倒ごとが片付きおったわい。

 クゥエル家の小倅なんぞに手をつけられおってからに……

 愚かな娘じゃったの」


 嗄れた声で嫌みたらしく笑い、ワインで喉を潤した。

 齢八〇近い老婆でありながら霊媒師として絶対の権勢を誇るコナー村の女帝。

 マイヤの怒りを買った村人に生きる道は残されていない。


 ターニャの母親であるポリーナはマイヤの孫であり、霊媒師の候補者だった。

 王都に留学し、医療、薬学を修める他、官僚の手伝いまでもしていた才女だった。

 マイヤの後を継ぐ有能な霊媒師になると村人は皆期待していたが、村に帰ってきた時、彼女は子供を宿していた。

 クエルの町の町長の息子、ヨゼフの子供を。


 マイヤを始め村の上層部は慌てふためいた。

 いかにコナー村が外部から遮断された場所であろうと近隣の町の町長の落とし子がいると分かれば干渉を受ける。

 さすれば代々継がれてきた聖霊の儀式の全容も白日の元に曝け出される。

 それだけは絶対に避けねばならない。


 ポリーナはヨゼフに子供ができたことは告げていなかった。

 彼の将来を重んじた忖度と言えよう。

 村人からすれば好都合だった。

 何食わぬ顔で彼女を霊媒師の助手としてマイヤに仕えさせ、この村の体制を維持する。

 そのつもりで皆が過ごしていた。


 しかし、マイヤは用心深く、また嫉妬深かった。

 若さと美貌を持ち、さらには最新の教育を受けて自分を上回る見識を持ったポリーナが目障りで仕方なかった。

 また、ポリーナは聖霊の儀式に反対し、間引きではなくクエルの町に奉公人として出すことや、援助を請うことを提案した。

 非常に建設的で合理的であるが、村の秘密を漏洩させかねない危険極まりない考えであった。


 マイヤに反発し、外部との連絡を取ろうとし始めたポリーナ。

 対してマイヤはターニャを人質に取って無理やり彼女を聖霊の儀式の生贄に仕立て上げた。

 目論見通り、ポリーナはモンスターの餌食となり、そして彼女とヨゼフを繋ぐポリーナを抹殺すれば安泰だった。

 すでに霊媒師候補として別の縁者を王都に送り込んでいる。

 マイヤの手管に抜かりはなかった。



 ほろ酔い気分でマイヤはベッドに寝転んだ。

 ウトウトと眠りに入ろうとした時、彼女の頭の中に濁った声が響いた。


『オバアサマ……オバアサマ……

 気持ちよさそうにお眠りですね……』


 ガバッと布団を放り出してマイヤは起き上がった。


「な、なんじゃ!? 盗人か!?」


 ベッドの近くに立てかけていた錫杖を手に取る。

 霊媒師の雰囲気を演出する小道具だが彼女の手元でもっとも武器になりやすい物でもあった。

 家の中を見渡すが姿形はおろか、気配すらマイヤには悟れない。

 空耳か、と気を緩めた時、


『盗人だなんて酷い!

 孫娘の私を忘れるなんて!』

『ババサマ……どうして私を殺したの?』

『モンスターに食べられて痛かったよぉ……』

『聖霊様になれなかったよ!? なんで!?』


 濁った声はとても人が発しているものとは思えない気持ち悪く不気味なもの。

 それが耳を塞いでも頭に響き渡るので、マイヤは取り乱し喚き散らした。


「なんじゃ!? なにかの魔術か!?

 誰か出会え! ワシが! 霊媒師のワシが危険な目にあっているのじゃ————」

『本当に霊媒師ならば、わたしのこともわかるでしょう?』


 声の主がマイヤの目の前に現れた。

 それは黒いローブに身を包み、フードをかぶっている。

 顔の部分には白い頭蓋骨が、足元には黒い霧が漏れ出している。

 エセ霊媒師のマイヤでもハッキリとわかるほどの禍々しさ。

 誰もが思い浮かべる典型的な死神の姿をした何かが彼女の目の前に立っていた。


「ひ、ひえええええええええっ!!」

『わたしがだれかわからない?』

「し、しらん! しらんぞ!

 家から即刻出ていけ!

 さもなくば我が退魔の術にて————」

『無理よぉ! あなたが手をかけられるのは生者だけでしょう!

 このペテン師!!』


 マイヤの錫杖が突然粉々に砕けた。

 武器を失ったマイヤは腰を抜かしてへたりこむ。


『ねえ? どうだった?

 私を儀式に送り出して、婚約者だったドナートを奪った時の気分は!』


 死神に問われてマイヤは息が詰まった。

 五十年以上も昔のことで、当時のことを知っているものなど村にほとんど残っていない。


「お、おまえ……まさか、カーチャなのか!?」

『正解……この五十年! おまえのことをずっとみていたわ!!

 同じようなやりくちでじゃまな娘を葬ってきたおまえのやり口を!!』

『同じような手でウチの畑も奪ったね!!』

『このクソババア!! ころしてやる! ころしてやる!』

『聖霊なんてなれなかったよ、なんでなんでなんでなんでなんでなんで』

『アリーリャの娘が調子に乗りおって……

 性悪は母親譲りか!?』

『私たちはお前たち霊媒師によって殺された娘たち。

 時は満ちた……この村のすべてに復讐する!』


 何人もの娘だったナニカの声が押し寄せ、それが高まるにつれて家全体がガタガタと揺れ始めた。


「ぎぃええええええええええええええっっっ!!」


 恐怖のあまり、マイヤは絶叫を発して失神した。

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