間話 ランパード家奇譚

 私がセシリア・ローゼンに出会ったのは騎士となって間もない頃、辺境の街の屯所に派遣された時のことだ。


 その街の近くには大規模なダンジョンが出現し、大量のモンスターが発生していた。

 このような場合、初期対応は近辺の冒険者ギルドが行い、情報収集が進んだ後に騎士団が攻略に当たる。

 騎士の戦闘力は基本的に冒険者を凌駕している上に日々の訓練の中で集団戦闘と連携の技能を磨いている。

 練度が段違いなのだ。

 故に、冒険者と騎士団の仕事は自然と棲み分けされているのだが、


「冒険者と騎士団が手を組まなきゃこのダンジョン攻略は不可能よ!」


 騎士団に状況報告に来た冒険者パーティーのリーダーはそう詰め寄ってきた。

 まず、最初に驚いたのはその者が少女だったということだ。

 黒髪を後ろで縛り、薄化粧すらせず、返り血の染みた鎧下を着ているにもかかわらず凛とした表情や堂々とした美貌は際立ってすら見えた。


 姫騎士セシリア・ローゼン。


 各地を転戦している凄腕の冒険者で彼女に救われた村や町は数知れず。

 さらにその美貌から民の憧れの的であり、英雄視されることも少なくなかった。

 しかし若く、高慢だった当時の私にしてみれば面白い話ではない。

 彼女の助言を頭ごなしに否定した。


「冒険者風情が姫騎士を名乗るなど不敬にも程がある!

 騎士団と共闘したければ、ヤクザ稼業から足を洗って出直してこい!」


 冒険者といえど若い娘。

 怒鳴りつけてやれば怯むと思っていたが————


「そんな話してないっての!!

 話が通じないなら拳で語り合う!?

 そもそもあなたたちの手に負えないから共闘って形にして顔を立てて上げようってのになんだその態度はっ!!」


 逆ギレされて、殴り合いの喧嘩になった。



 ……いや、思い出を美化していたな。

 一方的にボコボコにされた。

 その後、渋々彼女たちと共闘する羽目になったが、彼女が剣を持って戦う姿を見て自分がいかに愚かであったかを思い知らされた。


 誰よりも疾く、誰よりも強く、勇敢な戦いをしていた。

 美しい顔や体から血を流しながらも怯まず巨大なモンスターに挑み続ける。

 彼女が言ったとおり、そのダンジョンの最奥部にいたドラゴンは当時の騎士団だけでは手に負えるものではなかった。

 彼女の献策と活躍によって無事犠牲者を出すことなく討伐することができた。


 ダンジョンからの帰り道、私は衝動的に彼女に頼み込んだ。


「私の妻になってくれ!」


 と。


 彼女は大笑いをした後、私の額を指で押しながら言った。


「騎士様の妻になれるほど、上等な人間じゃありませんよ」


 あっさりとフラれた。

 騎士の求婚をその場で拒むなど常識知らずもいいところ、だがそういう自由な匂いを漂わせているところにも惹かれてしまうほどに私はセシリアに惚れ込んでいた。



 街に戻るとまもなくセシリアは旅に出て、私も別の街に異動することになった。



 セシリアのことを忘れられなかった私は彼女の情報を集め続けていた。

 有能な冒険者である彼女の情報は冒険者ギルドに問い合わせればいくらでも手に入る。

 彼女の言行録を眺めながら旅先の天候や武運を祈るのが日課になっていった。

 ……騎士にあるまじき陰湿な行為だとは思う。

 だが、そのおかげで彼女の危機をいち早く察知できたと言うのもあるんだ。


 彼女と別れて一年ほど経った頃だろうか。

 セシリアの率いる冒険者パーティが全滅したという情報が手元に届いた。


 私は暇を乞い、彼女のパーティが拠点にしていた街に向かった。

 実際に行ってみると少し事情が異なっていた。

 セシリアのパーティは冒険者ギルドの依頼で森林地帯に巣食うモンスターを駆除しに向かっていたが帰還せず、そのまま規定の日数を超えてしまったため死亡扱いされていたのだ。


 私はセシリアが死んだとは認められず、一人森林地帯に向かった。

 森を彷徨い、モンスターを蹴散らしながらずっと考えていた。

 あの時、彼女がプロポーズを受けてくれていたならこんなことにはならなかったのに、と。


 森を彷徨うこと三日。

 奇跡は起こった。


 私は洞窟で意識を失っているセシリアを見つけた。

 重傷を負い、衰弱している彼女を見て胸が潰される思いだったが、一刻も早く街に連れ帰らねばと彼女を背負って昼夜を問わず走り続けた。


 セシリアは一命を取り止め、間も無く意識も取り戻した。

 だが、深すぎる傷は臓腑を傷つけ、魔術や医療でも治せず彼女は戦う力を奪われてしまった。


 戦えない冒険者など翼をもがれた鳥のようなものだ。

 誰よりも高い空を雄大に飛んでいた彼女が地に落ちたことに落胆はした。

 だが、同時に胸を突き上げるような庇護欲が湧いてきた。


「セシリア、今度こそ私と結婚してくれないか?」

「地に落ちた鳥ならば自分でも手が届くと思いましたか?

 おやめくださいな。

 この傷では家事すらできない。

 それどころか子を産むことすら難しいでしょう」


 彼女は淡々と拒絶した。

 だけどそれで退くほど私は聞き分けが良くない。


「家事とか子供とか、そんなのどうだっていい!

 私は騎士だ!

 騎士は護るべき姫を得て騎士たり得る!

 私が騎士になるにはそなたが必要なのだ!」


 騎士の叙任式の時をも上回るくらいの熱量で彼女に訴えた。

 一回だけじゃない。

 毎日毎日見舞うたびに求婚した。

 同じ回数だけフラレ続けた。

 仕事も放り出して男としてみっともないことこの上ないが、それでも私は諦められなかった。

 傲慢極まりないが、ここで私が娶る以外にセシリアが幸せになる道はないと思っていたからだ。


 なんとなくだが、セシリアもそんな私の考えも見透かしてくれていたのかもしれない。


 やがてセシリアは私の妻になることを了承してくれた。

 私の人生における最大の首級を得た瞬間だったな。



 根負けして嫁いでくれたのだから尻に敷かれることは構わないと覚悟していたが、意外にも従順な妻に転身してくれた。


 南部の孤児というお世辞にも真っ当とは言えない背景を誤魔化すために名前をアナスタシアという伝統的な北部の名前に改名した。

 さらに冒険者時代は染めていた黒髪をバッサリと切り落とし元来の銀髪を取り戻した。

 身体は弱り切り、月の半分は寝込んでいる有様だったが少しずつ体力を取り戻せるよう多くの食事を取り、体重を増やしていく。

 冒険者時代の蓄えを使って礼儀作法や教養を指南してくれる教師を雇い、あっという間に貴族の妻にふさわしい淑女となった。


「どうしてそこまでしてくれるのか?

 そなたは別に貴族の妻になりたかったわけではないだろう」


 ある日、尋ねてみるとアナは柔らかな笑みを浮かべて首を縦に振った。


「ええ。もし、ヴァーリ様がいち冒険者とかでいらっしゃるなら求婚も一日早く受け入れたかもしれません」

「その言葉を当時聞かなくてよかったよ……」


 品よく口元を隠して笑うと、ベッドに腰掛ける私の腕に自分の手を巻きつけて耳元で囁く。


「貴族の妻ではなく、貴方様の妻になりたい。

 そう思ったから結婚をお受けしたのです」

「あんなに断っていたのに?」

「生活のために結婚したみたいに思われたくなかったんですよ。

 私にもプライドがありましたし。

 だけどあそこまで殿方にプライドを捨てられてはね。

 まして、ボロボロの傷者になった私に対して。

 貴方様は騎士をやらせておくにはもったいないくらい優しいお方ですよ。

 だから、貴方様のためにしてあげられることはぜんぶしてあげたいと思うようになったんです」


 その言葉を聞いて、私は最愛の人が自分に好意を寄せてくれていることを自覚できた。


 その日を境に、私たちは憂いなしに愛し合うようになり、子を授かった。

 しかも男児を二人。

 医者も危ぶんだ出産であったがアナは立派に騎士家の妻の務めを果たしてくれた。

 





 ————と、息子たちに初めて自分と妻の馴れ初め話を語り聞かせた。

 このような話をするのならばワインの一つでも開けたいところだがそれは叶わない。

 なにしろここは病院。

 息子二人とはベッドを並べ、三人とも寝転がっている。



 リスタは団長————いや、あの悪魔を倒すことに成功した。

 だが私は深傷を負わされていて、リスタも疲労困憊。

 突如我に帰ったアレクも全身の筋肉や関節が悲鳴を上げる満身創痍の状態だった。

 その上、屋敷が半壊してしまったのだから大きな騒ぎになり、我々は入院という名の軟禁状態に陥っているのだ。

 もっとも、事件を預かっている保安官はアレクとも懇意であるようなので、無下な扱いはされないだろうと思う。


 私の話を聞き終えたアレクはため息をついて語りかけてきた。


「父上がそこまで入れ上げてたとは思いもしませんでした。

 てっきり、親戚や上司の紹介で巡り合ったのかと……」

「もちろんそう見えるように工作はした。

 お前も知っての通り、騎士も貴族の端くれ。

 つまらないしがらみでアナを悲しませたくはなかったからな。

 これも守護まもることの一環だ」


 思いのほか破天荒だった若き日の父の行動に頭を悩ましつつも、そこは実直なアレク。

 非難めいた言葉をぶつけることもなく、黙っている。

 一方、リスタは妻譲りの美貌から侮蔑の念を込めたじとー、っとした視線をぶつけてきた。


「質問なんだけど、ニナに幼児のように甘えてたじゃん。

 あんなの母さんにもしていたの?」

「…………シテナイゾ」


 目を逸らしながら応えるが、どうやら奴は最初から私の証言など当てにしていないようだった。


「へえ…………セシリアは思いっきりやってたって言ってるけど————うえぇぇ……ほ、本当に!? 父さんがっ!?」


 一見、独り言を言いながら狼狽えているだけのように見えるがどうやらリスタのそばには幽霊となったセシリア……アナスタシアがいるようなのだ。


 何をバカなことを、と普通なら思うんだろうが昨日あったことを考えれば辻褄が合う。


 むしろそうあってほしいと思う。

 たとえ私と言葉を交わすことはできなくともリスタのそばで笑ってくれているなら、少しは浮かばれるというものだ。


「ところで父さん。

 ニナのことはどうするんだって、母さんが聞いてるんだけど」

「彼女次第だが……できれば妻のままでいてほしいと思っている。

 アナを失くしてから私の心の支えとなってくれたのは彼女だ。

 今更追い出すには情が湧きすぎた。

 無論、彼女の意向次第だが」

「なるほど。

 じゃあ、助言をしておくよ。

 憑依は基本的に霊と利害が一致しなきゃできない契約のようなものなんだ。

 赤子のように甘えてくる中年男を何年も相手してくれたってことは脈アリだと思うよ」

「フハハハッ!

 生意気な口を叩くようになったな、リスタ」


 あの軟弱だった息子を見事に育て上げた。


 アナ、そなたは最高の母親だよ。


 でもできれば、私にも見えるように現れてほしい。


 きっと、私は死ぬまでそなたを想い続けるんだろう。



 涙が滲みそうになったので、枕に顔を埋めて寝入ったふりをした。

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