第9話 心が鋼に変わる刻

 僕とセシリアは洞窟を出て、近隣の街に向かった。

 修行の間の食糧を買いためるためだ。


『ナラ様の魔術でも、本物の食べ物を作れないのは残念ね。

 味とかもするのに栄養もないしお腹も膨れないなんて。

 いや、考えようによってはいくら食べても太らないってことか。

 ふふーん、私も習っちゃおうかな。

 そしたらリスタと一緒にご飯食べられるし』


 上機嫌に喋るセシリアの言葉を遮って僕は謝った。


「ごめんなさい。

 セシリアが言うような冒険者にはなれなさそうだけど」

『全然良いわよ!

 男の子は大きな夢を持たなくちゃ!

 まー……私的にはあまり危険を犯してほしくはないけど。

 冒険者は冒険しちゃダメ、ってよく言うしね』


 セシリアを過保護な母親のよう、とベントラさんは言った。

 たしかにそうかもしれない。

 冒険者は危険な仕事だけれど、ある程度の力を持って危険を回避しながらやっていける。

 常人より腕っ節が強くなれるし、そのシンプルな強さが頼れるもののない僕にとって必要なものだった。

 牧場での戦いでも彼女は何より僕の命を優先しようとした。

 三英傑に会わせようとしたのも、より安全になるよう力をつけさせるため。


 もし、母さんが生きていたら……


 うん。そうだ。

 僕はずっと守られていたな。

 部屋から出たくないと言っている僕を無理やり引き出そうとはしなかった。

 父や兄は僕に怒っていたけれど、母さんはそうしなかった。


「あなたは大丈夫。

 私が守ってあげるから。

 どんなことがあっても」


 母さんのふくふくと柔らかくて暖かい胸に包まれながら眠ることができた穏やかな日々。



 でも、それはもう帰ってこない。



「……セシリア。

 ベントラさんが心の内が読めると言っていたけど、あれってどういう仕組み?」

『読心術ってヤツね。

 表情の微妙な変化、言葉の選び方や声の強弱なんかに意図せず表れる本心を見抜く技よ。

 と言っても本当に心の中を覗けるわけじゃないから。

 YES NOを嗅ぎ分ける程度のものだからそこまで怯えなくて良いわよ。

 もっとも……ザコルさまのは別格だったらしいけど。

 相手が次に言う言葉をピタリと言い当てて度肝を抜いた逸話で溢れているの』

「そっか。僕も使えるようになりたいな」


 僕は英雄の力を手に入れる。

 その力を世のために振るう。


 牧場で生きているモロゾフさんを救い、死んでいるロンさんの願いを叶え、分かった気がした。

 僕が死者と関われるのはこういうことをする人間が必要だったからじゃないかって。

 人の命を守る騎士や冒険者はたくさんいる。

 だけど、命を失った人の願いや想いに耳を傾けてくれる人はいない。僕以外には。


 強くならなきゃいけない。

 強さがなければ成し遂げられないことは多いから。



 町に戻ってきた。

 高い塀に囲まれた城塞都市の中で人々は平和を謳歌している。

 家族の姿も多い。

 身なりの良い人もボロを着ている人も家族が揃って歩いている姿を見ると目の周りが暖められて思わず瞳が潤む。

 牧場で牛の世話だけをしている時には思い出しもしなかった感傷————僕は家族を奪われた。


 心が鋼のように硬く、冷たく、重くなる。

 心の奥底に沈めた願望が大きな目で僕を睨みつけている。

 


 復讐するんだ————


 屋敷を焼いて母さんを殺したヤツを見つけ出し、すべての罪を告白させた上で現世の人間が思いつかないほど残虐に苦しむ方法で殺してやる。


 おかしすぎるんだ。

 何故、火事が出たのに火元の話が上がらないのか?

 使用人の責任を問う者がいないのか?

 アレク兄さんが僕を母殺し呼ばわりしたけれど、どうして本当に殺した相手のことを言わなかった。


 そして……何故、母さんだけが死んだ?


 屋敷の使用人たちは母さんを慕っていた。

 あんな状況で命を懸けて助けに行かないはずがないくらいに。

 母さんが死ぬにしても、それなら助けに行こうとして死んだ者がいて然るべきだ。


 極め付けがあの日、僕の記憶が飛んでいること。


 何かがあったんだ。


 僕はそれを突き止める。

 そのためには力や技や知恵が必要だ。

 やってみせる。

 親孝行ひとつできなかった僕だけど、この復讐をせめてもの手向けにするんだ————



『リスタ! リスタ! お芋、お芋!

 野菜もちゃんと摂らないと体に悪いわよ!』


 市場で売ってるものを指差してはしゃぐセシリアのお陰で正気を取り戻した。

 彼女と他愛のない会話をしながら僕は再び衝動を心の奥底に沈め直す。

 いずれ来たる復讐の刻を待ちながら。

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