第8話 警告と覚悟

 ナラさんは魔法で物を作り出すことができる。

 もっとも、霊体にしか触れることができないものだから、現世には干渉できないらしいが。

 ともかく、そのお陰で三英傑は霊体の状態でも酒を飲み、遊戯を愉しみ、祠の中で何百年と退屈を凌いでいたとのこと。


 セシリアが口下手な僕に代わって、僕の身の上とここに来た経緯を一通り話してくれた。

 すると三人の反応はいろいろだった。


 ザコルさんは、


『あーー……そら引きこもるわな。

 俺でもそうする。

 いや、その状態から追放されてよくここまでやってきたわ。

 昔の俺見てるみたいで共感パネエわ。

 オッちゃん優しくしたる』


 と好意的に僕を評してくれた。


 ナラさんは、


『情けない!

 そこまで自分の能力を分かっておるなら、家に巣食う悪霊どもと何故戦おうとしなかった!』


 と、僕を叱責した。しかし、


『悪霊と戦う…………

 そうか! それができれば忌まわしきあの悪魔を――――

 フォフォフォ……コレは素晴らしい賽の目が出たようじゃわい』


 と、不敵な笑みを浮かべて僕の全身を舐めるようにして観察した。

 そして、


『良かろう、良かろう。

 セシリア嬢、ヌシの願いを聞いてやろう』

『では!?』

『コヤツを弟子に取ってやる。

 面白いことになりそうじゃからな』


 ナラさんの承諾を受け、セシリアは『やったぁ!』と声を上げて喜んだ。

 するとザコルさんも手を挙げて話に乗ってくる。


『ハイハイハイハーーーイ!

 俺もリスタに千の技を伝授しちゃうよ!

 御礼はセシリアちゃんのカラダで返して――あいたっ!?』


 不穏なことを言おうとしたザコルさんの頭をベントラさんが殴った。


『少しは自重しろ! ゲスめ!』

『な、なんだよぉ!?

 良いじゃんか!

 この百年くらいナラ爺が作った美少女ゴーレム(霊)で我慢してるんだぜ』

『死霊の身で女を抱きたいなどという俗な考えを持つな!』

『アンタだって俺たちと酒やギャンブル楽しんでるじゃん!』

『黙れっ! そもそもコヤツは……』


 と、ベントラさんが何かを言いかけたが僕の顔を見て口をつぐむ。

 不満げな表情でナラさんとザコルさんに目を向け語りかける。


『ナラもザコルも、暇潰し相手ができそうだからと浮かれているが、俺は反対だ。

 死者が生者の弟子など取るべきでない』


 横槍を入れるようにナラさんが口を挟む。


『なーにをもっともらしいこと言って自制しとるんじゃ。

 ヌシだって磨き抜いた技を一代限りのものにしてしまったのが口惜しかったのだろう。

 良い機会ではないか。

 数百年の時を飛び越え現世にヌシの技が蘇るのじゃぞ』

『やれやれ……賢者というのは覚えがよく物知りなだけで賢いわけではないのだな』

『ほぅ…………ヌシがその侮辱を口にするのは5年と24日ぶりで67度めじゃな。

 その度に痛い目に遭っておるのも忘れたか?』


 ナラさんの手のひらに赤い火の玉のようなものが浮かぶ。

 すると、ザコルさんが慌てて割って入る。


『ストップ、ストーーップ!!

 ケンカするなよ!

 余波で俺が死ぬ!

 リスタやセシリアも巻き込むぞ!

 未来ある子どもをグシャグシャの肉塊にするのは本意じゃないだろ?』


 えっ? なにそれこわい。


『チッ…………ヌシが言いそうなことくらい分かっておるわ。

 さすがは冒険者の祖、アド・ベントラ。

 後進に手厚いことじゃ』


 吐き捨てるようにそう言ったナラさんはドカリと音を立てて腰を下ろした。

 ベントラさんはため息を吐いて、僕を見下ろし喋り出す。


『リスタ。貴様はそれなりに才能がある。

 セシリアの指導も悪くない。

 このまま実践を積んでいけば、二十歳になる頃には名の知れた冒険者になるだろう。

 現代の下級貴族などよりもよほど良い暮らしができる。

 それで十分ではないか。

 俺たちから学ぶことなどないのだ』


 子供を諭すように、いや、事実子供を諭しているのだろう。

 伝説の英雄のお墨付きを得られて、正直うれしい。

 だけどセシリアは、


『でも! だったらなおのこと稽古をつけていただけませんか!?』


 と懇願する。


『今の皆様に接触できるのはこのリスタだけです!

 現世に継がれなかった力や技を継承することができれば、リスタは最強の冒険者となって世の支えと————』

『くだらん建前は不要だ。

 ザコルやナラほどでなくとも俺も人の内心を読む事はできる。

 セシリア。そなたはわかりやすい。

 世を救う英雄などに興味なかろう。

 小僧に力を与えること自体が目的で世界なんてどうでもいい。

 低俗で手前勝手。

 実に冒険者らしいな』


 ベントラさんは鼻で笑った。

 セシリアは奥歯を噛み締めたかと思うと、観念したかのように両手を挙げた。


『……お察しの通りですよ。

 でも、良いじゃないですか。

 減るものじゃないし。

 たしかにリスタにはあまり危険なことはさせたくないですけど、あなた方がこの世に干渉する数少ないチャンスですよ。

 教えたことがリスタから別の人に伝わればそれこそ新たな英雄が生まれるかもしれないじゃないですか』


 不遜なセシリアの態度にザコルさんが噴き出すようにして笑った。


『開き直ったねー!

 良いよ良いよ。

 俺はそういう素直な女は大好き!

 でもさー、本当にリスタの事を考えるならベントラの言う事を聞いといた方がいいと思うぜ』


 どういうこと? と、セシリアは首を傾げる。

 ベントラさんは再び僕に語りかけてきた。


『英雄の力は普通の人間には過ぎたるものだ。

 魔神や魔王といった世の理から外れた圧倒的で理不尽な人類への脅威に対抗するために存在する力。

 それを手にするということは本人も世の理から外れた運命を歩まざるを得ない』

「……要するに、力だけ手にしてザコ狩りして暮らそうとしても厄介ごとの方から近づいてくる、ということですか?」

『そうだ。先ほども言ったとおり、貴様には才能がある。

 我々がこぞって仕込めば我々に及ばずともその片腕には足るやもしれん。

 だが、その力を持った貴様はもはや人間扱いしてもらえなくなる。

 人々が諦め逃げ出す災厄に真っ向から挑まねばならず、命からがら勝利をしても当たり前。

 犠牲者を出せばその不手際を責められ、民意にそぐわねば悪とされる。

 人々と共に生きることができず、孤独に苛まれ、心は鈍る。

 やがて、己の幸せ、いや自我すらも顧みず、世界の秩序を維持するための装置と成り果てる————それが英雄というものだ。

 そんな存在になる覚悟が貴様にあるのか?

 過保護な母親に尻を叩かれたら言うことを聞いてしまう子供のようなお前に————』

『ベントラさまっ!』


 セシリアが怒鳴った。

 その頬は少し赤く染まっていた。


『……冒険者になろうとしているのも自発的な理由ではあるまい。

 頼れる人がセシリアしかいないから。

 セシリアに教えてもらえるのは冒険者になるための技と知識だけだから。

 コヤツが踊り子ならば今頃貴様は髪を解いて酒場で踊っていただろうな』

「悔しいけど……たぶん、そうだと思う。

 僕は、セシリアに見放されたくなかったから、言うことを聞こうと思った」

『リスタ…………』


 消え入りそうなほど小さな声でセシリアが呟く。

 ベントラさんは安堵の表情を浮かべ、僕の頭を撫でる。


『本当に触れられるのだな……

 だが、お前に俺たちの力を授けるわけにはいかん。

 自分が一番なりたい自分を探すのだ。

 それが人生というものぞ』


 大きな手に太い声。

 頼もしさの化身のような男に撫でられると、すべて納得してしまいそうになる。

 だから、僕はその手を跳ね除けた。


『リ、リスタっ!?』


 セシリアが悲鳴を上げる。

 無礼を働くな、って言いつけ破っちゃったから当然か。

 ベントラさんは怒るというより怪訝そうな顔で僕を見ている。

 ナラさんは呆れ、ザコルさんは面白がり身を乗り出していた。


「僕は冒険者になるつもりはなかった。

 だけど、今は冒険者になりたいと思っている。

 騎士の家に生まれ、父や兄の勇姿を見て育ったから、力を持たない人々を救う強き者に憧れがあったからだ。

 僕が諦めて、忘れようとしていたなりたい自分を、セシリアが取り戻してくれた。

 だから、嫌々言うことを聞かされているような同情しないでほしい」


 そう言い切ると、ベントラさんは「ほう」と息を吐いた。


『操り人形ではない、ということか。

 それは結構! 頑張って冒険者として精進しろ!』

「だから、話を終わらせないでよ。

 あなたの言いたいことは分かった。

 その上で、僕を弟子にしてほしい」


 ピキピキッ、と音が聞こえそうなほど、ベントラさんのこめかみに血管がハッキリと浮かび上がる。


『バカモンがぁっ! 何ひとつ分かっておらんではないか!

 お前がなりたい冒険者と英雄とは別物だ!

 冒険者としてそれなりに強くなって自分の手の届く範囲で善行を積み、幸せな人生を送れば良かろう!

 それとも何か?

 才能があると言われて逆上せ上がったか!?』

「そうじゃない。

 僕はただ————」


 鬼のような形相の大男と向かい合っているのだから脚が震えそうになる。

 頭を撫でることができると言うのは、頭を殴ることもできるということだ。

 伝説の英雄の拳の味なんて知りたくもない。

 それでも、僕は言い返さなきゃいけない。


「僕は! 自分ができることをちゃんとやりたいだけだ!

 もし、僕がほどよく強くなって冒険者として成功して、家族や屋敷を持って暮らしているところに僕の力じゃ及ばない何かが現れて大切なものを奪われたら……あなたたちに教えを乞わなかったことを一生後悔するだろうから!」

『その考えが甘いわ! 力を得れば貴様は必ず後悔する!

 孤独に苛まれ、語らう仲間もいない人生の終着点で!

 英雄になんてならなければ人として生きて死ねたのに、と!』

「僕は大丈夫だ!」

『何故そう言い切れる!?』


 語気を強めていく僕たちを心配してセシリアとザコルが間に割って入った、瞬間僕は叫んだ。


「英雄になっても! 僕は一人じゃない!

 だって、あなたたちがいるんだから!!」


『『『『は?』』』』


 四人が声を揃えて口を開けた。

 ベントラも呆気に取られたように顔色が元に戻っている。


「あなたたちに鍛えられて、僕が英雄扱いされたり、英雄としての責任を求められたら、相談する。教えを乞う。

 愚痴をこぼしたり、泣き言を聞いてもらったり、僕の相手をしてもらう。

 イイよね? だって弟子なんだから」


 僕の言葉にザコルが頬をヒクヒク震わせて笑う。


『こ、こいつ……堂々とアフターケア要求してきやがった……

 ガキのくせに図太すぎるだろう』

「僕があげられるものなんてないし。

 だったら嫌がられるまで欲しがるだけだよ」

『ふぇー……俺のガキの頃を見ているようでゾッとするわ。

 人を頼る才能に溢れすぎていてコワイ』


 と言いながらもザコルさんが僕を見る目が変わった。

 おもちゃを気に入ってどう楽しむか思い描く子供のような、そら恐ろしい目だ。

 ナラさんも目を細め、顔をしわくちゃにして笑い出した。


『フォッフォッ……素晴らしいクソガキじゃな!

 たしかに死霊と交流できるヌシならばそれも可能じゃな。

 我々は生きていた時代がそれぞれ数百年単位で離れておる。

 生きとる頃にコヤツらと関わり合えていたなら、たしかに英雄としての生涯も少しは人間味あふれたものになったろうな』

「何百年とこんなところで遊んでいられるくらい仲良いもんね」


 僕がそう言うと、ナラは唾を吐いた。


『ぺッ! コヤツらしかおらんかったからつるんでいただけじゃ。

 じゃが、これからは貴様も加わるということか』

「うん。よろしくお願いします。

 ナラ、師匠!」


 僕がそう呼びかけるとナラさんは機嫌良く笑った。


『カカカカカカ!!

 ベントラ! ワシはコヤツに賭けるぞ!

 二度と人並みの生き方などできないよう徹底的に仕込んでやるわ!』


 煽るように宣言するナラさん。

 ベントラさんは眉間を指で抑えながら口を開く。


『……死者と関わり合って何になる?』

「もともと生きている人とも関わっていなかったし。

 実際、セシリアがいなければとっくに死んでる。

 全く関係のない赤の他人にここまでしてくれたんだ。

 だから僕は信頼と感謝で彼女に応えているつもりだ」


 ベントラさんと僕のやりとりをセシリアが涙目で見つめている。

 

『だとしてもだ。

 死者を師に持ち、相談相手にするなどしていれば最早人らしい生き方などとは』

「それが僕のなりたい自分に近づくことだから。

 家にいた頃の僕は見たくもない霊たちに怯え、いろんなものを諦めざるを得なかった。

 父や兄の信頼とか、騎士の子として受けられた恩恵や教育とか。

 僕の存在そのものを否定されたことだってある。

 だけど、この能力のおかげでセシリアに出会えて、あなたたちにお願いすることだってできる。

 僕はこの力を呪いなんかにしたくない。

 この力を持って、僕が生まれたことをありがたがってもらえるような、そんな自分になりたいんだ。

 だから、僕に強さをください。

 お願いします」


 僕は直角に腰を曲げて頭を下げて、お願いした。

 思いの丈は打ち明けたとはいえ、了承してくれるかは別問題だと分かっている。

 冒険者の祖と呼ばれるくらいの大英雄だし、見るからに頑固そうだ。

 一度断ったものを翻すようなこと、してくれるのか————


『ベントラさま! 私からもお願いします!』


 セシリアが僕の隣で頭を下げる。

 目をやると地面に向けた彼女の表情は必至そのものだった。


『三英傑様方に御指南いただきたいなどと、何も考えず浅はかなことを申し上げておりました!

 ですが、改めてこの子に力を授けていただきたいと願います。

 この子を守るためでなく、この子の願いを叶えるために、御力をお貸しくださいませ!!』

「セシリア…………」


 胸が熱くなって涙が出そうになる。

 これほどまでの熱さで僕のことを想ってくれる相手が生者か死者かだなんて些細な違いだろう。


『ったく…………やめろやめろ!

 俺はそういうのが苦手なんだ。

 死んでも消えない後悔を思い出しちまう』


 ベントラの指すがどれを指すのか分からなかったけど、僕とセシリアは顔を上げた。


『俺は……ナラほど賢くもねえし、ザコルほど言葉も上手くねえ。

 だから教えてもらえるなどと思うな。

 好きに盗め!』

「ベントラさん……」


 感謝の言葉を返す前にザコルさんが僕の胸を小突いた。


『ありがとうございます、なんて言うには早いぜ。

 俺たち全員、人の感覚が分からない人でなしだからな!

 死なないよう頑張ってくれよ』


ナラさんが意地悪く微笑み呟く。


『じゃな。死ななければなんとでもしてやれるからのう』


 ベントラさんは諦めたようにうそぶく。


『まあ、ナラがいるなら殺しさえしなければ最悪は避けられるか』


 ……三者三様に物騒なこと言うのはやめてほしい。

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