第12話 クエルの町にて、歓待

 僕がクエルの町に戻ると、住民の喝采に出迎えられた。

 城壁や住居の屋根に沢山の人が僕を見て歓声を上げている。


「勇者様ーーー!! ありがとう!!」

「このご恩は一生忘れませーーーん!!」

「メチャクチャカッコよかったぞお!!」

「え、待って? メチャクチャ顔とスタイルがよろしいんですけど」

「素敵! 抱いて!」


 …………抱いていいの?


 歓声に紛れたセックスアピールに思わず耳が大きくなってしまう。

 それをザコルさんに勘付かれる。


『やったじゃん。

 童貞卒業おめでとう!』

「ちょっ……ど、どういうわけ!?」

『セシリアは一晩中俺が引きつけておくから、お前は好きにしろ。

 俺からの戦勝祝いだ』


 ザコルさんの声のトーンは悪だくみをしているときのそれだった。

 僕は想像、いや妄想する。


◆———————————

 セシリアがいない→何をやっても文句言われない→町には僕に抱いてほしいと言ってくる女性が多数…………


「ぼ、僕はじめてなんですけど……」


 頼りなげにそう漏らした僕の頬を撫でる細い指。


「大丈夫よ。おねえさんが手取り足取り教えてあげるから」


 妖艶な美女が蠱惑的な笑みを浮かべる。


「あはは、英雄なのにざぁこ♡ ざぁこ♡ こっちの方はレベル1♡」


 生意気そうな美少女が意地悪そうに僕を見下ろす。


「リスタ様ぁ! もう我慢できないのぉぉぉおおおお!!」


 性欲を持て余した美女が獣のように僕に覆い被さり、僕は、僕はっ————!!



———————————◆


『てなもんよ』

「な、なるほど!」


 珍しくザコルさんの教えが役に立つぞ!


「そ、そういうことなら……で、でもどうしたらいいかな?」

『んなもん宿屋に泊まって部屋の鍵開けておけば向こうから飛び込んでくるさ。

 目星の女がいるなら宿に入る前に目を合わせて、にっこり微笑んで小さく手招きしとけ。

 一応、宿の主人に金握らせてブスや評判の悪い女は弾くようにしてもらえば完璧だな』


 スラスラと語るザコルさんの言葉には実践に裏打ちされた真実味があって、僕のめくるめく妄想が実現する予感が————


『二人とも何を話してるの?』


 セシリアが割って入ってきた。


「い、いや、別に……」

『ふーん。どうせザコルの事だからあの女の子のおっぱいがデカいとかそんなんでしょ』

『ハッハッハ、ご明察』

『言っとくけどね。

 調子に乗ってその辺で女の子と関係持っちゃダメだからね。

 女の子にモテるのは良いことだけど、大切なのは一番の女の子に好かれることなんだから』

「昔、恋人で軍団作れとか唆していなかったっけ?」

『アレは言葉のあやよ……

 もう! ザコルがリスタに悪影響ばっか与えるからこういう注意しなきゃいけないんじゃない!』

『悪い悪い、ところでセシリア。

 久しぶりの町なんだしちょっと遊びに行こうぜ。

 幽霊が故の楽しみ方を教えてやるよ』

『えぇ……でもリスタがこの後歓待受けたり』

『これから伝説になるような男がいつでも俺たちに頼ってちゃ締まらねえよ。

 かわいい子には旅をさせろ、ってな』


 ザコルがそう言って僕にウインクする。

 上手くやれってことだな……


「うん。大丈夫だよ。

 マナーや世間の常識はセシリアに教えてもらってるし。

 霊が見える力の誤魔化し方も暗記してる。

 たまにはセシリアも楽しんできて」


 僕がそう言うとセシリアは不承不承といった感じで引き下がる。


「まあ、修行も終わったし、生きてる人間と関わるのも大事だから一歩下がって見守るけど、さっき言ったこと忘れないでね。

 いくら女の子が寄ってきても毅然とした態度で不用意なことしないように」


 いつだってセシリアの距離は近く、とても気安く僕に話しかけてくる。

 僕が子供の頃からの付き合いだから当然かもしれないけど。

 分かってる、分かってる、と返事するとこのうざったさにどこか懐かしいようなものを感じた。


 …………いや、そうじゃないな。

 これは喪失感だ。

 もう二度と取り戻せない、母さんへの慕情だ。

 母親のように僕の世話を焼きたがるセシリアを見ると胸の裏側あたりがチリチリ焼け付く気がする。


 忘れるな。


 この力もこの体も、僕から母さんを奪った奴に復讐するためにある。



 グッと奥歯を食いしばると、視界が戻った。

 僕の前に上等そうな服を着た中年の男が歩み寄ってきた。


「私は町長を務めているクゥエル男爵家のボリスと申します。

 この度はありがとうございました。

 貴方様のご活躍がなければ町の民がすべてトロルに食い殺されていた事でしょう。

 町を代表してお礼申し上げます」


 かぶっていたハットを胸に当て、深々とお辞儀するボリス町長。

 男爵と言っていたけど思っていたより腰が低そうで少し気が楽になった。


「僕の名前はリスタです。

 人として当然のことをしたまでです」


 僕がそう言うと町長は頬を緩めた。


「お若いのに立派なことで。

 さぞかし立派な師匠に鍛えられたのでしょう。

 どうか、心ばかりではございますが歓待させていただけませんか?

 あなたのお話も是非お伺いしたい」


 きたきたきた、と僕はワクワクが抑えきれなかった。




 歓待。

 それは相手の機嫌を取るために心尽くしの料理や酒、場合によっては女性をも提供する。

 貴族にとっては自身の権勢を示すものであり、思いつく限りの贅沢をさせてくれる。


 って。ザコルさんは言ってた。


 たしかにご飯美味しいよ。

 修行中は料理してくれる人いないから僕自身で焼くとか煮るしかできなかったし。

 こんなに柔らかくて分厚いステーキ食べたことないし。

 食卓も立派だ。

 実家の屋敷にあったものよりも大きくて椅子だってフカフカ。

 ありがたい、ありがたい…………けどさぁ、


「ほーう! 親や家を無くしたところを冒険者に救われて!」

「牧場で牛飼いの仕事をして生計を立て!」

「それから人里離れた場所で剣や魔術を修行すること五年!

 師匠を看取った後にこの町へやってきて!」

「そしてトロルの軍団相手に大立ち回り!

 素晴らしい!

 このクエルの町がリスタ殿の英雄譚の始まりの地になると言うわけですな!」

「おぉ……こんな歴史的な瞬間に出くわすとは……長生きしとくもんじゃのう」


 僕を取り囲むように食卓に腰掛けるのは男ばかり!

 しかも濃い感じのおじさんやおじいさんばかりで唯一の若い人はテーブルの一番隅で黙って座っている。


 ザコルさん、言ってたことと違うよ!


「ところでリスタ殿。

 その立派なお師匠様の名前を聞かせていただけませんか?」

「そうだな! 我が町を救った恩人の師匠もまた恩人!

 ともに名を残し語り継ぎましょう!」


 あー、そう来たか。

 流石に三英傑の名前を出したら冗談扱いされるよなあ。

 適当に名前でっち上げても良いけれど……せっかくだし、そうだ。


「僕の師匠は、セシリア・ローゼンです」


 と堂々と言った。

 周りの大人たちは一瞬キョトンとしていたが、黙っていた若い男が、


「セシリア・ローゼンって、二十五年前にこの町にやってきた姫騎士さまのことか!?」


 突然立ち上がって僕に問うた。

 すると、周りの大人たちも思い出したらしく顔を見合わせ喝采を上げる。


「あの別嬪さんの子かあ!

 そう言えば面影があるのお」

「叔父貴、子供じゃなくて弟子。

 でも、確かに顔立ちが似ているなあ。

 あの娘も惚れ惚れするほど美しかった」

「冒険者のくせに姫騎士なんて大層な異名を……って思ってたけれど、その名に相応しい美貌と華やかさを持った淑女だった」

「見てくれだけじゃなく腕も一級品だった。

 この町に滞在した数ヶ月の間に塩漬け案件だったA級クエストをいくつもクリアしてくれたものだ。

 この町に残ってほしいと町民みんなが望んでおったもんだ」


 お、思ったより記憶残ってるんだな……

 大丈夫だよね?

 矛盾出てきたりとかしないよね。


 心配していると、若い男が手を顎に当ててボソリとつぶやく。


「でも……この町を出て行った後、すぐにセシリアさんの名前は聞かなくなったんだ。

 他の冒険者ギルドで活躍していると言う噂も聞かなかったし。

 あんな目立つ女の噂が立たないわけないものなあ。

 人知れず亡くなったと思い込んでたけど……」


 彼は僕を見て安堵したような顔で微笑む。


「ついこないだまで生きて、冒険者を続けて……しかも、君のような立派な弟子まで育てていたなんてね。

 亡くなられたのは残念だけど、少し救われた気分だ」


 彼の言葉に他の大人たちも昔を懐かしむようにしんみりとした顔を見せた。



 セシリアの名前使ったのはよかったかもしれない。

 実際、僕の最初の師匠はセシリアだし、今も彼女に僕は支えられている。


 死者は孤独だ。

 生者と触れ合うことができないから。

 だから、せめてこうやって生者がその思い出を呼び起こすことは死者のためになる。


 想い想われる。


 それが聖者と死者の間でできる唯一の交流なのかもしれない。

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