間話 牧場の息子は父を想う

 子供の頃、親父は誰よりも強いと思っていた。


 俺よりずっと大きくて、力じゃとても敵わない。

 朝から晩まで畑仕事をして、牛の世話をして、それでも音を上げたりしない。

 お伽話の英雄や国を守る騎士様なんかより、親父が俺にとっては強い男の象徴だった。


 だけど、近所のガキどもがひどいことを言った。


「お前の親父はゴブリンにビビってる弱虫だ!」


 って。

 だから俺はそいつをボコボコにしてやった。

 親父のことを悪く言う奴なんて殴られて当然だ。

 にも関わらず、同じようなことを言う奴は後を断たなかった。

 喧嘩すると、その度に親父は俺にゲンコツをかまして説教する。

 そんなことが何度も続き、流石に腹が立った俺は親父になんで喧嘩したのかを説明した。

 すると、親父は急にしょげ返って俺を叱るのをやめた。


 それからしばらくして、親父が悪く言われる理由がわかった。

 村の男たちは年に数回、騎士様に連れられてに穴狩りに出る。

 穴狩りとは村の近くにモンスターが巣を作っていないか探し回ることだ。

 巣を見つけたり、それを駆除するのに手伝った場合褒美も貰えることから、村の男たちは競い合うようにそれに参加した。

 しかし、親父は穴狩りに参加したことが一度もなかった。

 金を渡して代わってもらったり、仮病を使ったり、それはもう手段を選ばずに。

 当然、そんなことをするから親父は村の連中に馬鹿にされていた。

 かろうじて村八分にならずに済んだのは同情があったからだという。


 親父は元々村の人間ではなかった。

 山奥の木こりの家で育ったらしいが、ある日、モンスターに襲われて親父を残して家族は死んでしまった。

 一人に生き延びた親父はこの村に辿り着き、牧場を営む老夫婦に拾われて、その跡を継いだそうだ。

 そう言う事情を知っている大人たちは馬鹿にしても気の毒な気持ちが勝ったのだろう。

 だが、子供は別だ。

 奴らは親の悪口の部分だけを面白がって親父をバカにする。


 俺はしょっちゅう連中とぶつかり合った。

 次第に親父のことが関係なくても気に食わないと殴るようになっていった。

 俺が強ければ親父のことをバカにする奴はいなくなると思って。

 始末に負えない暴れん坊扱いされたけれど、構わなかった。


 やがて俺も大人になり、喧嘩を減らして親父の後を継ぐ準備を進めていた。

 なのに親父は俺が穴狩りに出ようとするのを必死で止めてきた。

 穴狩りで村人が死ぬなんて数年に一度あるかないかだというのに。



 後を継がせようとしているくせに、俺が村で孤立するように仕向ける親父に腹が立った。

 そして、親父をそんなふうにしてしまったモンスターどもが憎くて仕方なかった。


 モンスターを皆殺しにすれば親父は救われる。

 怖いものがなくなれば強かった親父が戻ってくる。


 浅はかだけど俺はそう信じて、冒険者になることを決意した。

 当然、親父は大反対した。

 胸ぐらを掴んでくる親父の手を引き剥がして、俺は宣言した。


「冒険者として修行して、強くなって帰って牧場の跡を継ぐ。

 モンスターより強い俺がいるんだから、親父は何も心配せずにドンと偉そうにしてりゃあいいんだ!」


 それが親父と交わした最後のやり取りだった。






『なのに、結果は三年も経たずに戦死だ。

 妹も嫁に行っちまったみたいだし、親父が守ってきた牧場を継ぐ奴はいない。

 とんだ親不孝をやらかしちまった』


 俺は隣に立つセシリアとかいう幽霊に自分のことを語った。

 親身に聞き入っていた彼女は大きなため息をつく。


『本当に親不孝よ。

 親より早く死ぬなんてさ』

『アンタだって俺より若いだろう』

『お生憎様。顔を覚えてないくらい小さい頃に両方亡くしているから』

『あ…………それは、悪かった』

『気にしないでいいわよ。

 冒険者なんてそんな奴の方が多いでしょ。

 アンタみたいに親のために冒険者になるなんて奴の方が珍しいって。

 あと、今はこんな姿だけど、生きてた時はもうちょっと歳くっていたの。

 自分の顔を見れないのが残念ね』


 そう言って自分の頬をつねるセシリアは怖いくらいに可愛い。

 生前、こんな可愛い女に会ったことないって思えるくらい。


 姫騎士セシリア・ローゼン。


 名前負けしない美少女だと思う。

 最も、その異名を聞いたことはないし大昔の人物なのかな、と思う。


『おい。今、私に失礼なこと考えてなかった?』


 幽霊になってもこのカンの良さ……

 さぞかし優秀な冒険者だったのだろう。

 それに…………


「これで百匹ぃっ!!

 どうだ、セシリア! 言われたとおり一日で百匹討伐したぞ!」


 ゴブリンの死体の山を築いてはしゃいでいるガキ……

 親の顔が見てみたいわ。



 ダイアウルフを倒した翌日からリスタは俺の形見の大剣を持って、村の外に出るようになった。

 そして、見つけたモンスターを片っ端から切り殺しまくっている。

 そんなイカれたガキにイカれた師匠のセシリアはあり得ないほど厳しい目標を課している。

 で、リスタはそれをことごとく超えていく。


 つくづく痛感する。

 俺は凡人だったんだな、って。


『セシリア、あのガキはなんなんだ?

 騎士様の家の子とはいえ半年前まで剣の稽古すらしてなかったんだろう』

『フフ、たしかに想定外だったわ。

 親の血が良いからすぐにある程度は強くなると思っていたけど、手負いとはいえダイアウルフを単独討伐できるとは思わなかったわよ。

 私の時代の基準じゃ金狼級は堅いね』

『……本当、アンタいつの時代の人だよ』


 冒険者のランク付はA〜Fの6等級だ。

 昔は階級に獣の名前がついていたらしいけど、知らない時代の話だ。


『一応、頼み込まれたから大剣の使い方を教えたけどよ……

 正直、さっさとちゃんとした師匠をつけてやるべきだと思うぜ。

 俺の剣術はギルドの先輩から習ったものだけどその人もCランク止まりだったし』


 そうは言うものの難しいだろうな、とは思う。

 大剣使いは数少ない上に力任せに振り回すだけの奴ばかりで剣術としてのレベルは低い。

 自慢の攻撃力も魔術師に比べれば見劣りする。

 俺が大剣を使ってたのも、売れ残りの掘り出し物がたまたま手に入ったからだ。


 大剣使いは大成できない。


 の冒険者における定説ってヤツだ。


『うーん……まあ、アテがないわけじゃないよ。

 いろいろ心配してくれてるみたいだけど、どうする?

 もう数日したら私たちは旅立つけど、ついて来る?』


 セシリアは上目遣いで俺に尋ねる。

 幽霊とはいえ目も眩むほどの美少女と一緒に旅をするなんて心惹かれる話だ。

 あのガキの行く末に興味がないと言えば、嘘になる。


 しかし、それでも……



『いいや。俺は残るよ。

 親父たちのそばにいたい。

 触れることも話すこともできなくても、それでも、見守ってやれるだけで俺の気持ちが救われる気がする』

『わかった。

 心残りが無くなるまで、精一杯親孝行しなさい』


 大人びた口調でセシリアはそう言った。

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