主人公の女子高生は、幼い日に、時計の歯車を呑み込んだ。救急車で運ばれたものの、その後は判然としない記憶の中に埋もれた。
そんな主人公が気になっているのは、吹奏楽部で本の虫である男子高校生。恋愛感情とも違う不明瞭な気持ちのまま、気づけば声をかけていた。本の話しや、貰いすぎたリンゴの話し。部活や音楽について。彼はいつも飄々としていて、風のように掴みどころがない。しかし彼の中にある世界観に触れた時、主人公はある感覚に気付く。
独特の文体で描かれているのに、とても読み易かったです。
その独自の文章が、物語に醸し出す雰囲気が好きでした。
是非、御一読下さい。
このお話は、ざっくり言ってしまえば、主人公である高校生女の子とその幼なじみの戸塚くんがおしゃべりする。ただそれだけなのですが、吹奏楽・本・歯車・ピアノ・クレヨン……様々な物の名前が絶妙に散りばめられていて、那須さんだからこそ出せる雰囲気・世界観が、ここにあると思います。
それは特別とがったようなものではなく、みなさんの中でも流れたことがある時間の雰囲気……言い換えれば、懐かしいような、記憶の片隅にあった思い出がよみがえるような、そんな時間の流れ方が、ここにはあります。
きっとだれもが思い出を馳せることができる、そんなオレンジ色のお話です。
大人になった今思い返してみれば、こうした青春期は、とても綺麗で透明で神秘的で柔らかく純真で、愛しいものだなと感じます。
制服を着て級友と何気ない話をすることすら、今となっては貴重な体験だったように思います。
歯車というのは、一つでは力を発揮できないものなのだと思います。
たくさんの歯車が集まって、噛み合うことで、回り始めるのだと思います。
作中、二人の歯車がゆっくり噛み合い、回り始める様子は、どこか心温まる感じがしました。
馬の合う級友がいると、嬉しいものですよね。
今は分からなくても、過去に自分が回した歯車が未来の自分に届き、生きる力になってくれることもあると思います。
二人にとってこの歯車が、ずっと大切な人生の宝物であるといいなと思いました。