第37話 初夜とその後


「サラ、お前が好きだ。俺にとって一番愛しくて大切な存在だ」

「うん、私もユーゴが大切で……大好きだよ」


 サラの言葉を聞いてから、フウッと大きく息を吐いたユーゴは、サラの細いおとがいに手をやってからそっと柔らかな唇に口づけを一つ落とす。


「サラ、俺はお前のことを愛している」


 口づけの後の愛しいユーゴの言葉に、サラは同じ言葉で返した。


 その夜、二人は本当の夫婦になった。


 ユーゴは腕の中の娘が壊れてしまわぬように、優しく優しく扱った。

 一方のサラは、『私はユーゴから与えられる痛みすら愛しい』と言ったことで、どれほどユーゴの堪える辛さが増したのかは知らないでいた。


 翌朝、柔らかくてフカフカの寝台でパチリとサラが目を覚ました時には、既に窓から差し込む光は高かった。

 

 サラの身体はユーゴの逞しい腕に囲われていて、逃がすまいとする男の執着が現れていた。


「ユーゴ、おはよう。起きて」

「……朝か。身体は大丈夫か?」

「……っ! だ、大丈夫!」


 本当は痛むところもあるのだろうが、サラはそれよりも恥じらいの方が強いようだ。


 サラを抱き締めたまま、その細くて白い首筋に口づけを落としたユーゴは、そのままうなじに所有印を刻んだ。


「や……っ、ユーゴ! くすぐったいよ! もう起きるよ」

「今日くらい、ずっと寝台で過ごしてもいい日だ」

「ダメだよ。お腹空いたでしょ? 朝食にしよう?」


 結局、ユーゴは身体が辛いであろうサラをその日一日寝台から下ろさせることなく、食事などは自分がせっせとその世話に勤しんだ。

 そしてサラには、ほとんどの時間を寝台の上で過ごさせたのであった。


 真に夫婦となった二人は、そのようにしてとても幸せな一日を過ごしたのである。


 そしてそれから数日間の休暇も、二人は蜜月状態で仲睦まじく過ごした。


 そして休暇明け、騎士団駐屯地にサラを連れて婚姻の挨拶に向かった際に、騎士団員たちの中にはサラの美しさと団長の婚姻というあまりの衝撃に、バタバタと気絶する者も出たという。


 流石に浮き名を流してきた副長のポールも、サラのあまりに美しい外見に一瞬ポーッとしていた。

 そんな時には、ユーゴが鋭い三白眼でひと睨みするとハッと我に帰り、これから宜しくお願いしますとお互いに言葉を交わしたのである。


「ユーゴ、今日はパンの差し入れ持って行こうと思ってるの。それと傷薬の補充と」

「ああ、助かる。サラの調合した傷薬は良く効くと、あれから後に来た薬師達も舌を巻いていたぞ」

「え、本当? 良かったぁ」


 あれから時々サラは騎士団駐屯地へと差し入れを持って行ったり、薬師として働けない分、自分の調合した傷薬を届けたりしていた。


 本当ならば、サラを自分の邸宅にずっと囲っておきたいユーゴは、無闇に出歩く事をあまり良しとしなかった。


 しかし、やりたい事のあるサラのことも大切に思っていたから、自分の目の届く範囲ならばまだ安心出来るかと、元々治療室など一般人の出入りも可能であった騎士団駐屯地へは連れて出ることも多かったのだ。


「サラさーん! 今日も差し入れありがとうございます!」

「あ、副長さん。お口に合いましたか?」

「あのパン、フワフワで柔らかくて最高に美味かったですよ! 団長はいつでも食べられて羨ましいなぁ」

「ふふっ……、またお持ちしますね」


 ユーゴが職務についている間、サラは駐屯地の治療室の手伝いをすることにした。

 ヴェラでなくサラは薬師ではないから、あくまで奉仕活動として出来ることは限られていたものの、それでもやり甲斐があったのだ。


「薬師の先生が居ない時でも、サラさんがここで手当をしてくれるから助かってますよ」

「いえ、私は奉仕活動程度のことしか出来ていませんから」

「それにしても、団長の独占欲丸出しは凄いですねぇ。昼間にサラさんが目の届く所にいるようにと職場にまで連れて来ちゃって」


 ポールは長年の付き合いであるユーゴが、こんなに独占欲の強い人間だとは思わなかった。

 しかし、このサラの美しさと優しい性格であれば、奪おうとする輩が多く現れてもおかしくはないから、それも確かに頷けるのである。


「ユーゴは心配性だから。それに私が子どもっぽいから目が離せないんですよ、きっと」


 そう言ってふふっと笑うサラは、煌めく薄紅色の長い髪をハラリと肩に零して、魅力的な紫の瞳を細めた。

 その仕草だけでも、十分に心配に値するとポールは常々サラに忠告していた。


「まあ騎士団駐屯地のある王城の敷地内で、騎士団長の妻であるサラさんに、おかしなことをする輩は居ないと思いますけどね」

「そうですよね。ユーゴったら本当に過保護なんですよ。まあ、私はそれすらも嬉しいのですけれど」


 優しく穏やかに笑うサラは、幸せに満ちていた。

 同じく、最近の団長ユーゴも時々柔らかな表情を他人に見せる事があった。


 あんまり仲の良いこの上官夫妻を見ているうちに、ポールも最近では自分も素敵な妻が欲しいと公言している。


「それでは、もう少ししたら団長も勤務が終わりますからね。ここ治療室で待っていてください」

「はい、ありがとうございます」


 この治療室は廊下に騎士が一人必ず見張りに立つことになっている。


 診察中におかしな事があればすぐに対処出来るようにと、ヴェラの事があって以降記憶に無い者たちを説得してユーゴが進言し、改善された部分だ。


 だからこそ安全だと思われたここ治療室で、事件が起こるなどとは誰も予想していなかった。



















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