第44話 赤い血と炎


 翌日、ヒイロがまたに行っている間に、サラは外に出ようと試みた。

 何処かにあるはずの指輪を探したい一心で。


「あっれー? 何やってんの?」


 仕事を終えたヒイロが、サラを監禁する家に帰ると、部屋の中には鉄臭い匂いが充満している。

 それどころか、部屋の床には鮮血の染みが出来ていた。


「ヒイロ……。指輪、取りに行かせて……」


 たった一つの窓は破られ、そのガラスの破片で格子を削ろうとしたのだろう。

 至る所に削ったような跡があった。


 ヒイロが窓のそばに立つサラに近づくと、サラの手のひらには一筋の切り傷があった。


 シーツを破いてガラスに巻き付けて持っていたものの、強く握り過ぎたのか、それとも割った時のものなのか、とにかくサラの手のひらから血がポタリポタリと流れ落ちる。


「何でこんな事するかなぁ? どうせもう痛みじゃ泣かないんだから、やめてほしいなぁ」


 ヒイロはそう言いつつも、サラの手のひらに付着した小さな破片を丁寧に取り除いていく。

 サラよりも、余程ヒイロの方が泣きそうな顔になっているように見えたのは、月の光の当たり具合か。


「指輪、探しに行きたいの。外に出して……」

「ダメだよ。外に出たらサラは逃げちゃうだろ?」

「指輪が無いと苦しいの……」


 涙も流す事なく、うつろな瞳で「指輪」と繰り返すサラに、ヒイロはチッと舌打ちをする。


「はぁー……。じゃあさ、手が治ったら少しだけ外に出してあげるよ。だから今後は怪我するようなことはしないで」


 外に出してくれるという言葉に、サラは少し表情を緩めて小さく頷いた。


「あーあ、傷薬とか包帯とかはここには無いんだよなぁ。とりあえず、近くのアジトまで取りに行ってくるから大人しくしといてよ」


 なんだかんだで、ヒイロはサラの手のひらが傷ついたことに苛立っているようだった。

 優しさと残酷さを併せ持つこの男は、この男なりに心からサラのことを愛しているのかも知れない。


 ヒイロはこれ以上の自傷行為を恐れてか、サラの手首と足首を柔らかな紐で拘束した。

 そして紐の先は、ガラスの割れた窓際に届かないように、手洗いのドアノブにくくりつけられたのだった。


「ちょっとやり過ぎたな……。指輪でこんなにサラが壊れちゃうとは思わなかったからさ。ごめんね?」


 そしてヒイロは近くにあるというアジトまで、再び出かけて行った。

 

 それほどの時間をあけずに、外からバシャバシャと湖を小舟が進む音がする。

 やがてガチャリと扉が開いたと思ったら、そこに現れたのは見知らぬ男二人であった。

 無精髭の中年男と、少しばかり若い太った男。


「うわー、やっぱりかしらの奴、女を隠してやがった。へへっ……」

「しかもすっげぇ上玉!」

「頭が怪我してる訳でもないのに、傷薬とか欲しがるのがおかしいと思ったんだよなー」


 拘束されたままのサラは、ぼうっとした頭をゆっくりと動かして男たちを見る。

 そしてノロノロと口を開いた。


「ヒイロは……?」


 すると、二人組の男のうち無精髭の生えた中年の男が答えた。


「頭はなぁ、ちょーっとばかし眠ってもらってるよ。俺らは義賊なんかしたくねぇのにさ、分け前を貧乏人に渡すってうるせぇからよ。いわゆる仲間割れってやつだな」

「ちょうどその話し合いを仲間内でしてる時に、突然家に帰ったはずの頭が来るからビビったぜ」

「ヤバかったよなぁー。まだアイツを降ろす計画してるとこだったのによ。バレちまうとこだった」


 結局は殴って寝かせてるからバレてるけどなと笑う二人を、サラは涙目で睨みつけた。


「ヒイロに酷いことしたの? 仲間なのに!」


 そう叫ぶサラを見て、二人は下卑た声をあげて笑った。


「そういうお前は何なんだよ? あの悪い頭に捕まってるんじゃないのか? 俺らが助けてやるよ」

「可哀想になぁー。こんなに縛られて」

 

 少しずつ近づいて来る二人に、サラは不自由な手で近くにあったガラスの破片を投げつけた。


「イッテェ! コイツ、何やってんだよ!」


 ドンドンと近づいて来る二人組に、混乱したサラは近くにあったランプを投げつけた。

 

 ガシャーンっと大きな音を立てて割れたオイルランプは、あっという間にメラメラと炎を生み出した。


「うわっ! まずい! 逃げるぞ!」

「おい、コイツはどうする⁉︎」

「拘束解いてる間に燃えちまうよ! ほら、行くぞ!」


 二人はサラを置いて、さっさと走り去った。

 メラメラと勢いを増す炎は、まだサラから距離はあるもののそのうち全て飲み込んでしまうだろう。


「ユーゴ……ごめんなさい……」


 ずっと一緒に居たいと願っていたのに、心配をかけてしまったこと、きっと自分が居なくなれば悲しむだろうと思えば、サラは涙が零れた。


 炎はどんどん大きくなって、サラにも熱い火の粉が届くほどになった。


「熱いよ……ユーゴ……」


 拘束されたサラは逃げることも出来ず、赤く燃え盛る壁や寝台を見つめることしか出来なかった。

 

 




 

 








 






 

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