第16話 プリシラはお父様を連れて
「それで、ユーゴ・ド・アルロー。お前は儂の可愛い娘、プリシラにまだ
「お父様、そんな言い方しなくても……。私は大丈夫よ」
そう、この実に嫌な老年の男こそ、恐ろしい二面性を持つ娘プリシラの父親である。
隣に立ったプリシラは、父を止める素振りを見せながらも、さも悲しそうに目を伏せていた。
あれから何度もアプローチしているにも関わらず、なかなか靡かないユーゴを落とす為に、プリシラが取った行動は……。
父親を使って半強制的に婚約を結ぶという手立てだった。
こうなれば、ポールは口出しすることは出来ず、ただ成り行きを見守るしかない。
この元上官の前で下手なことを言えば、藪蛇になりかねないからだ。
「エタン卿、以前もお話しましたが自分は……」
もうこれは、嫌味を言われてもきちんと答えるしかないと腹を括ったユーゴが口を開いたところで、四人の間に割って入る艶やかな声があった。
「団長さん、私という者がありながら酷いじゃないですかぁ」
この騎士団駐屯地という場所には酷く不似合いな、男を誘うような色香のある声の持ち主は薬師のヴェラであった。
「ほら、さっさと私のことを皆に話しておかないからこんな事になるんですよ? えーっと……、申し訳ありませんけれど、私が団長さんの妻になる予定の者です」
女性らしい体付きと、サラリと揺れる肩ほどの麦わら色の髪は、今日は何故だかとても
そのうえ、ぽってりとした唇から漏れ出る色香のある声音は、
「……先生」
「あら、先生なんて。いつもみたいに、ヴェラって呼んでくれないとイヤよ」
呆然とするユーゴとポールを置いて、ヴェラはひたりとユーゴの逞しい腕にしなだれかかった。
「ど、ど、どういうことだ⁉︎ おい! ユーゴ・ド・アルロー! そんないい女を……いや、その女は一体何者だ⁉︎」
「ユーゴ様! その方は⁉︎」
プリシラも、その父エタン卿も咄嗟の反応はよく似ている。
二人ともヴェラを指差して大声を上げているのだから。
「あら、私は薬師のヴェラと申します。近々団長と夫婦になる予定ですわ。私ももう二十歳ですからねぇ……。早く貰っていただかないと、行き遅れの『おばさん』になってしまうと何度も言っているんですけれども……」
ヴェラは、ユーゴの方をじっと見つめるようにして『話を合わせろ』とサインを送る。
「あ、ああ……。行き遅れなどと言わせて、申し訳ないと思っている」
この国では平民であれば十六歳から結婚でできる為に、二十歳というのは割と婚期が遅い方なのである。
しかし、そこにいるプリシラは既に二十三歳。
先程の理論では『行き遅れのおばさん』に定義されるということ。
その意味をきちんと理解していたのは、プリシラの年齢を知る本人と父親、そして情報通のポールだけであった。
ヴェラとユーゴはプリシラの年齢のことなど頭には無く、自分たちだけの話をしているつもりだったのだから。
「ユーゴ様……! 本当にその方と?」
プリシラは務めて穏やかに、そして確認するように尋ねた。
しかしその作られた笑顔の表情は引き攣り、手はフルフルと震えていた。
「まあ、お疑いになられるのも仕方ありませんわね。私と団長さんはつい最近、運命的な出会いを果たしたところですもの。あとは夫婦となると日取りを決めるだけ」
嘘を吐くのが下手なユーゴに代わって、ヴェラはぴたりとその身体をユーゴの腕にくっつけたままでそう告げた。
「だから団長、僕は言ったじゃないですか。ちゃんとヴェラ先生と団長がそういう仲だって、皆んなに報告した方がいいって」
ポールはさっさと団長を裏切って、この場で己は悪くないとアピールすることにしたようだ。
プリシラとエタン卿から見えないよう、ユーゴはポールを睨め付けた。
「と、いうわけですから。申し訳ありませんけれど、お引き取りください。ほら、団長さんも。きちんとプリシラさんに、ご報告しなかった事を謝ってくださいな」
「……申し訳なかった」
一見仲睦まじい風に寄り添うユーゴとヴェラに、プリシラは唇を噛み締めて呻き声を殺していた。
同時に、怒りを含んで低くくぐもった声がユーゴへとぶつけられる。
「ユーゴ・ド・アルロー。貴様は可愛い儂の娘よりも、その妙に色っぽい薬師を選ぶと言うのだな?」
何とも卑怯な尋ね方である。
元上官という立場を存分に意識した台詞は、ユーゴという生真面目で寡黙な人間が、返答に窮するのを知っていて使っているのだ。
「申し訳……」
「御言葉ですが。この国だけに限らず、薬師というのはとても貴重な人材です。私がこの騎士団に勤めているのも、団長さんが居るからこそですわ」
とりあえず、ユーゴが謝ろうとするのをヴェラが制した。
元々モフがヴェラに
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