第15話 女騎士サビーヌ


「今日から騎士団でお世話になります。サビーヌです。傭兵をしていましたので、それなりの動きは出来ると思います。よろしくお願いします」


 緋色の長い髪を高い位置で一つに縛り、うなじや首筋の少しばかり日焼けした肌は滑らかな感触を想像させて、騎士達は色めき立った。


「女性騎士は現在サビーヌだけだが、今まで居なかった訳ではない。訓練については特別扱いはしない。しかし、配慮が必要な事柄に関しては規則に則って対応する」

「はっ! ありがとうございます!」


 騎士団の訓練は、時には屈強な男達でもを上げる内容である。


 しかしサビーヌは決して弱音を吐かずに、男達と共に鍛錬に励んだ。


 初めはサビーヌを女として見ていた騎士達も、次第に仲間の一人として受け入れられるほどに、サビーヌは文字通り血の滲むような努力を重ねたのだ。


 サビーヌが騎士団に入団してからというもの、入れ違いで薬師ヴェラの駐屯地での勤務時間は少なくなった。


 薬師の少ないこの国では様々な場所に派遣されることはよくよくある事なので、不審に思う者は居なかったのが幸いだ。


 騎士サビーヌが勤めが休みの日には、薬師ヴェラは駐屯地に現れた。

 それは時には半日ずつという日もあり、モフは身体に負担がかかりながらも、何とか勤めを果たしていたのだった。


 アフロディーテの加護とモフの努力が無ければ、そのようなことを実行するのは土台無理な話であったろう。


「団長、サビーヌが入った時には女という事で心配もしましたが、今では男どもより余程戦力になりますねぇ」


 今行われているのは模擬戦の真っ只中で、それを観ながら副長のポールはしみじみと語った。


 土埃の舞う訓練場では、数カ所に分かれて騎士達が一対一で戦っていた。


 その中で一番目立つのは長い緋色の髪を靡かせて、素早く相手を翻弄するサビーヌ。

 力では男の騎士達に及ばずとも、優れた反射神経としなやかな身体の使い方で相手を討ち取っていた。


「確かに。女だからこそ強いのかもな」


 ユーゴは煙る訓練場で紅一点戦うサビーヌの姿を見つめながら、ポールの言葉に答えた。


「サビーヌは他の騎士達と比べて、男には負けぬという気があるのか意気込みが全く違う。本来は皆がそうで無ければならないのだが、奴ら男共は少し弛んでいたのかもな」


 珍しく素直に団長が褒めるものだから、ポールは思わずその横顔を見つめる。

 

 眉間に皺を寄せて訓練場へ目を向けるユーゴは、決して甘い視線でサビーヌを見ている訳ではなく、逆に厳しい眼差しを向けているように感じた。


「団長は、今度の遠征にサビーヌを連れて行くつもりですか?」


 近頃王都に近い山中で頻繁に現れるという賊の討伐に、騎士団は派遣される事になっていた。

 賊の人数自体はそう多くはないが、それなりに手練れの者たちが集まっているという情報があった。


「今回は俺と少数精鋭で向かうからな。相手の詳細が分からない以上、騎士団の中でも色々なタイプの人間を選んで連れて行くつもりだ」

「そうですね。僕はこっちで留守番しながら、朗報を待ってますよ」


 ポールもまだ二十九という若さで騎士団の副長となるだけあって、卓越した手腕を持っている。

 二つ年下のユーゴが騎士団長となることに決まった時も、最後まで候補に残っていたのがポールだったのだから。


 普段は団長であるユーゴと対照的な柔らかな雰囲気で、色々な女性と浮き名を流すこともしばしばなこの副長。

 戦いとなれば笑顔を振り撒きながら多くの敵を蹴散らすと、騎士達から恐れられていた。


 女であるサビーヌが、次々と男の騎士達を打ち払っていく。

 するとそれを見た他の騎士達も、新入りで女であるサビーヌに負けるかと闘志を燃やして、動きが良くなってくる。


 ユーゴとポールはそんな部下達を見つめながら、賊の討伐に誰を連れて行くのか、じっくり選別していた。

 そんな時、一人の若い騎士がユーゴとポールの元に走り寄ってくる。


「団長! あの……、お客様です」

「誰だ?」

「プリシラさんと……、あとはエタン卿と言えば分かる、と……」


 それを聞いてユーゴとポールは顔を見合わせた。

 二人にとって『エタン卿』は、『出来ればもう会いたくないリスト』の上位三名に確実に入る人物だったからである。


「おお! 遅いぞ! 待ちくたびれたわ!」

「申し訳ありません、エタン卿」

「まあまあ、お父様。ユーゴ様たちだってお勤めの最中なんですから……」


 ユーゴとポールが駆け付けた先に居たのは、でっぷりと肥えた腹と禿頭はげあたま、そしてきっと過去にはこの色の頭髪が生えていたことを示す、金色の口髭を持つ老年の男。

 隣に立つのはその男の娘である、プリシラであった。


 歳を重ねたせいで落ち窪み、眼瞼まぶたがたるんで垂れた老年の目は、じろりと二人を睨みつけた。

 どのようにして今から文句を言ってやろうかと、待ち構えているようだ。


「儂がお前らくらいの頃には、このように先輩を待たせることなど許されぬことであったわ!」

「はっ! 申し訳ありません!」


 既に騎士団を引退して久しいこの老人は、えらく横柄な態度であるものの、現役時代は単なる部隊長という役職であった。


 つまり、今のユーゴやポールのような華々しい経歴など一切無いのである。


 しかし現役時代から部隊長という立場を笠に来て、当時は部下だったこの二人が目立つことを嫌い、ネチネチと甚振いたぶることで、実力の乏しい己の自尊心を守っていた男だったのだ。

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