第46話 愛してる


「サラ!」

「ユーゴ……」


 まだ残る金の粒を払うようにして、ユーゴは目の前に現れたサラを抱きすくめた。


「ああ、サラ! 良かった! 俺が悪かった!」


 いまいち訳の分からないことを言うユーゴに、近くで見ていたアフロディーテの化身は呆れたように言葉を放つ。


「良いんだか悪いんだか、はっきりしなさいよ。さあ、もう大丈夫ね。愛し子、私は帰るわ。またね」 

「あ、アフロディーテ様!」


 サラの呼びかけに小さく頷いて、白い鳥は大きく羽ばたき闇夜に消えて行った。


「ユーゴ……、ごめんなさい。私が悪かったの……」

「サラは悪くない。そうだ! 怪我は?」


 抱きすくめていた腕をゆっくりと緩めると、ユーゴはサラの手のひらのおびただしい量の血痕に気付いた。


「大丈夫だよ……あの……」

「大怪我してるじゃないか! 大変だ!」


 焦ったユーゴはサッとサラを抱き上げたと思ったら、湖の淵へと運んで手を優しく洗い直した。


「……あれ? 怪我していないのか?」

「アフロディーテ様が、治してくれたみたい」

「そうか……。良かった」


 それよりも、サラは少し離れた場所で騎士達に囲まれているヒイロが気になった。

 こちらを向いているのに、ヒイロはサラに興味を示す様子はなく、騎士達に何か話しているようだ。


 他の賊たちは次々と連れられて行き、ヒイロも騎士達によって連れられて行く。


「ユーゴ、ヒイロはどうなるの?」

「……今までの罪が重過ぎたからな。サラのことが無かったとしても、死罪は免れない」

「死罪……」


 小さく呟いたサラは、ゆっくりと去って行くヒイロの姿を眺めている。

 ユーゴはそんなサラの悲痛な表情を見つめて、大きく息を吐いた。


「サラ、来てくれ」


 小さなサラの手を少し強めに握って、ゆっくりとヒイロを連れた騎士達の元へと足を運んで行くユーゴ。

 手を引かれたサラは、ユーゴの考えていることが分からなくて困惑した。


 騎士達は無事な様子のサラに向かって僅かに笑顔を向けたり、会釈したりしているが、隣に立つユーゴの険しい顔を見て、一言も発しようとはしない。


「おい、ヒイロ」


 ユーゴが二人の騎士に挟まれているヒイロの後ろ姿に声を掛けた。

 濡羽色の長い髪がサラリと揺れて、ヒイロが後ろを振り向いた。


 しかしヒイロの視線は、そこに立つサラを見ることは無かった。


「なんだ? 騎士団長さん。さっき渡した物、ちゃんとサラに返しとけよ」


 そんな言葉をユーゴに返すヒイロの瞳は、もう光を宿していない。

 赤い瞳は濁った色になり、瞼は赤く焼け爛れている。


「お前が目に火傷を負いながらも、サラの指輪を見つけてくれた事、俺はサラには言うつもりはないからな」


 そこにサラが居るのに、話を聞いているのに、ユーゴはそんな事を言った。


「はっ! 何だ、わざわざそんな事を言いにきたのかよ。別にそんなのサラに伝えて欲しいなんざ思ってねぇよ。俺だって、まさか指輪であんなに壊れちまうとは思わなくてな。この目は天罰だよ」


 サラは声を出すことが出来ない。

 ただ、細い肩を震わせて口元を手で覆っていた。


 だってユーゴが隣に居るのに、ヒイロに声を掛けてしまったら、ユーゴはどう思うのかと思案しているのだろう。


「俺はお前がした事を許す事はない。それに、中途半端な別れでサラの心にお前が残ることも許さない」


 そう言ってユーゴはサラの背中をトンッと押したので、サラはユーゴの方を一度見上げた。

 すると返ってきたのは優しい微笑みだったから、サラは小さく頷いた。


 何が起こっているのか分からずに怪訝そうな顔をしたヒイロの方へと、ゆっくり土を踏みしめ近づいた。


「ヒイロ……」


 そう名を呼べば、ヒイロは視力を失った瞳でサラの姿を探した。


「指輪、探してくれたの? ありがとう」

「なんだよ……。サラを俺に会わせるなんて、騎士団長さんもえらく余裕だな」


 そう悪態をつきながらも、ヒイロは焼け爛れてしまった瞼と光を失った瞳からツウーッと涙を一筋零した。


「ユーゴは優しいから、私のしたい事……きちんと分かってくれるの」

「そうか……。そういうこと、俺には出来ねぇな。俺は泣かせる事しか得意じゃないからなぁ」

「ありがとう、ヒイロ……。指輪は本当に大切な物だったの」


 サラがそう言うと、ヒイロはフッと口元を緩めて笑った。


「じゃあな、サラ」

「さよなら……ヒイロ」

「……っ、ほら、騎士さんよぉ! さっさと連れてけよ。目が見えねぇんだからよ!」


 やはり悪態をつきながら、ヒイロは騎士達によって連れて行かれた。


 サラはその背中を見送りながら、湧き上がる涙を堪えた。

 決して愛情があったわけではない。

 だけれども、他の男のことで泣いたらユーゴに悪いと思ったのかも知れない。


「サラ、泣いたっていいんだぞ。俺はそんな事で色々言う狭量な男じゃないからな」

「うん……、ユーゴ……何だか悲しいね……」


 そう言って、サラはユーゴの胸に飛び込んだ。

 ユーゴは震える妻の肩を優しく包み込んだ。


「そうだな、確かに悲しいな」

「……ユーゴ、大好き。……愛してる」


 サラから与えられた初めての「愛してる」の言葉に、ユーゴはピクリと身体を揺らした。


「ああ、俺もサラを愛している。サラが思うより、ずっとな」


 いつの間にか、騎士達は居なくなっていた。

 この夫婦の邪魔をすれば、それこそ命が無いと今回のことで随分と実感したからだ。


 誰も居なくなった湖の淵で、二人はお互いの愛を確かめ合う口づけを交わした。


 



 


 




 

 

 


 







 

 

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