第5話 通勤路にて その3 違和感
家からの最寄り駅、
四月も上旬の頃なので、朝の空気はまだ少し冷たいが、手袋なしでも気にならない程度だ。
時折見える街路や公園の桜からは、遅咲きのピンクの花びらがチラチラと落ち、朝の光の中でキラキラと舞っていた。
徒歩通勤は億劫なこともあるが、今日みたいな春の朝は、少し得をした気分になる。
やがて大きな神社の敷地に沿った道路に差しかかった。
この神社は長多区を代表する名社・長多神社で、その縁起は古く、日本書紀にも名前が載っている由緒正しい神社である。
長多という街も、もともとはこの長多神社の門前町として栄えたのが起源とされているので、古くから地元の人々にも親しまれていた。
その神社を右手に見ながら、駅のある南に歩いていく。
その時、ふと、神社の境内に何本も生えている大木、御神木だろうか、の内の一本。その木の枝に、大きな鳥が一羽止まっていることに気がついた。
しかし、その鳥を見たとき、ひどく奇妙な違和感を覚えた。
この辺りではめったに見ないような、大きな鳥だったからだろうか?
確かにその鳥は、パッと見でも鷹か鷲ほどの大きさで、翼を広げれば二メートルはありそうだった。
だが、違和感の正体は、そんな常識的なことではなく、もっと奇妙で、不可解な何か……
そこで、ハッ、と気づいた。
その大きな鳥の胸元。
全身の羽毛は茶系の色をしているのに、胸元から下は白かった。
そして、その白い胸元に、なぜか赤い鍵がぶら下がっているのだ。
十八の体から、ドッ、と汗が吹き出た。
その大きな鳥は、細い鎖のようなものに通された赤い鍵を、ネックレスのように首から下げていたのだ。
訳も分からず冷や汗が流れ、胸の動機が早くなる。
そんな十八と鳥の目が唐突に、バチッ、と合った。
十八は「ウッ」と声を上げると、無理矢理視線を外して、足早に立ち去る。
自分でも何か説明の出来ない、言いようのない不安に駆られながら。
不可解な鳥から離れ、長多商店街を抜け、駅についた頃には、胸の動機や不安は、だいぶ落ち着いていた。
さっきの鳥は何なのか?と、気にはなったが、気にしても分からないことなので、忘れることにする。
そう思うことで、無理矢理意識を変えていった。なにより、いまさら戻って確かめるなど、怖くて出来ないと自覚していたからだ。
消えない違和感を深く沈めながら、駅の階段を下りていく。
駅は通勤ラッシュのピークを過ぎてはいたが、それでも多くの人で溢れていた。
十八は財布から交通系ICカード、ペタパを取り出し、人の流れに合わせて改札を抜ける。
ホームに下りても人の数は多いままだが、目的の駅までは十五分ほどなので、乗れさえすれば問題ない。
電車を待つ間にスマホを開き、妻の
”おはよう~お疲れ様~チビらは無事に送り出したよ。華蓮さんももう少しで終わりだね。がんばってね~”
送ったがすぐに既読はつかない。
華蓮の勤務時間はまもなく終わりだが、夜勤の終了前後は引き継ぎの連絡などでバタバタする、と前に聞いたことがあった。
既読がすぐつかないのは、いつものことなので気にしない。
やがて、ホームに入ってきた特急電車に乗り込む。
そこから十五分ほどで坂神
そのバスに乗り込めば、会社までは二十分。バスの中ではだいたい寝ていた。
会社に着くと、入り口で出退勤用のICカードを照合し、すぐに更衣室に向かう。そこで制服に着替えると、担当部署の現場に向かった。
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