第16話 如月華蓮と天木十八 その5

 こうして、二人は出会った。

 次の日から右手の骨折が治るまでの一ヶ月間、十八とおや華蓮かれんが休みの日以外、ほぼ毎日やって来て、一緒にお昼を食べるようになった。

 そして、この十八との出会いを機に、華蓮の研修医としての評価が、徐々に好転していったのだ。

 これまでの華蓮は、教科書や医術書、授業で出る無機質な「問題」を解くことにばかり情熱を傾けてきた。

 しかし、それは学生のうちなら通用するが、研修医は「研修」と名が付いても、学生ではなく医師免許を持った社会人である。当然、所属する病院や機関から、毎月少なくない給与も支払われていた。

 そのため、現場に出て、直接ではないにしろ、生きた患者を相手にすることを前提とした習練が求められる。

 そのはき違いに気付いた華蓮は、改めて日々の仕事に対する接し方、考え方を変えていったのだ。

 なぜ指導医はこう言ったのか?そこには今まで自分の中に、患者に対する配慮が欠けていたのではなかったか?と。

 そう心がけてからは、今まで疑問に思っていた指導医や同期からの指摘にも、以前ほど反抗的・懐疑的な気持ちが起こらなくなった。誰にとっての指導・指摘なのか?そこを間違っていたのは、結局自分自身だと気付いたからだ。

 そして、十八の骨折が完治したのを機に、十八の方が申し込む形で、二人は正式に交際を始めた。

 それからの華蓮は、同期の面々が目を見張るような変わりぶり、成長ぶりだった。

 それまで化粧や身だしなみは最低限だったものが、週末をまたぐたびに華やかに、しかし派手でケバケバしい物でなく、純粋に綺麗になっていったのだ。

 服装や髪型も化粧に合わせるようになり、小物やアクセサリーなどもおしゃれなものに変わっていったが、それも決して華美に過ぎず、身の丈に合わせたものだった。

 絶世の美女ではなかったが、もともと並以上の容姿とスタイルを持っていた華蓮は、それ以前を知る人々を振り返らせるほどの変身をとげていた。

 これは、交際相手である十八が、人に見られることを生業にする役者であったため、交際する中で折りに触れ、化粧や髪型、服装について話していることが影響していた。もともと飲み込みの早い華蓮も、十八の話を参考に、自分の中でどんどん消化・吸収していくので、おしゃれのスキルも目に見えて上達していった。なにより、好きな男の人に綺麗な自分を見てもらいたい、という恋の向上心が一番の原動力だったのだろう。

 また外見の装いばかりでなく、人との話し方や声音の使い方、立ち居振る舞いや仕草・表情なども、芝居の話を交えて語ることがあった。

 そんなことも影響を受けると、これまでぞんざいで無愛想だった華蓮が、少しずつ話しやすく、気さくに、愛想良くなっていったのだ。

 そんな華蓮の変わりように、今さらながらトキメキを覚えた何人かの男性諸氏が、時折アプローチを試みるが、人より遅めの人生初男女交際に絶賛陶酔中の彼女には、全く歯が立たなかった。もちろん、全艦撃沈である。

 そうして、二人の仲は親密になり、三ヶ月ほど経つと、研修医の多忙さと、実家よりも遥かに病院から近い(徒歩十分)という理由から、華蓮が十八の部屋に入り浸り始めた。いわゆる半同棲状態である。

 両親も少し呆れたが、さすがにもうすぐ二十六歳にもなる社会人の娘に、口うるさく言うのも気が引けたのと、今まで全く男っ気のなかった娘に彼氏がッ、という感情も(母の彩女あやめには)あったため(父の五郎ごろうは心配していたが)とりあえず二人のことなので、二人に任せるスタンスを取った。

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