第17話 そして、天木華蓮になる その1

 ところが、である。

 さらに三ヶ月ほど経った、五月のある日。十八とおやの部屋にて。

「と、十八クン……」

「ン、どうしたの華蓮かれんさん?深刻な顔して」

「………アレが、来ないの」

「アレ?アレって?」

「アレよッ、アレッ!女の子がアレって言ったら分かるでしょッ」

「えっ……ああァッ!あ、アレかぁ~エーと、どうしよう?病院とかに行った方がいいのかな?」

「ううん、調べるだけなら、今は市販のがあるから、それで調べられる」

「そうなんだ。じゃあ、ちょっと買ってくるよ」

「ア…ううん、いいの。もう買ってあるから……」

「エ?もう買ってたの?それで?調べたの?」

「うん、調べた……」

「それで?どうだった?」

「………だった」

「エ?ゴメン、聞こえなかった」

「……せいだった」

「エ?聞こえないって。なんて?」

「陽性だったって言ったのッ」

「よ、陽性、ていうのは、つまり?」

「に、妊娠してたってこと…」

「ほ、ホントに?」

「ホントに」

「そっか~ホントかぁ」

 そう言って、十八は笑った。うれしそうに。

 それを見た華蓮は、カクンと両膝を折って床に座り込むと、突然両手で顔を覆って泣き出した。

 十八は驚いて、華蓮の正面にしゃがみ込む。

「ど、どうしたの華蓮さん?どっか痛い?お腹とか?」

 顔を伏せたまま泣き声を上げていた華蓮は、フルフルと頭を振ると、しゃくり上げながら話し出す。

「わ、私、妊娠したことを、十八クンに言った時、十八クンが、嫌そうな顔したり、お、堕ろせとか言われたら、どうしようって、思ってたの……でも、十八クン、笑ってくれたから、それ見たら、ホッとして、力が抜けて、うれしくて……」

 それを聞いた十八は、少し驚いたあと、ゆっくりと笑った。

 そして、まだ泣き続ける華蓮の両肩に両手を置くと、耳元に口を寄せる。

「結婚しようか?華蓮さん」

 華蓮は、ハッ、と顔を上げると、まだ涙の溜まった目で、十八を見た。

「わ、私、料理とか、あんまり出来ないよ」

「知ってる」

「医者になるのも、あきらめないよ」

「知ってる」

「医者になったらなったで、十八クンに色々任せて、迷惑かけると思うよ」

「なんとなくわかる」

「そ、それに、そうなったら、十八クンが役者になるのが遅くなっちゃうよ」

 それを聞いた時、十八は小さく苦笑する。

 しかし、できるだけ優しい声になることに気をつけながら、笑って語った。

「役者を目指すのは、もう終わりにするよ。これからは華蓮さんと同じ舞台に立つことにした。だから、結婚しよう」

 それを聞いた華蓮の目から、再び涙がボロボロとあふれ出した。

 そして、涙で霞む視界の中、華蓮は十八の首っ玉目がけて、思いっきり抱きつく。

「うんっ!うんっうんっ!結婚しようッ!十八クンッ!」

 そんな華蓮を、十八もそっと抱きしめた。

 十八が二十四歳、華蓮が二十六歳のことだった。

 そして、そのあとも大変だった。

 まず、お互いの両親にあいさつと報告をしなければならない。

 十八の両親、父の天木進二あまぎしんじと母の真子まこは、大して驚きはしなかった。真子は、フラフラしている十八に、こんなしっかりしたお嫁さんが、と歓迎し、進二は結婚そのものより、結婚式の費用や出産・育児の費用はあるのか?と、そんなことの方を心配していた。

 そして、華蓮の両親、父の如月五郎きさらぎごろうと、母の彩女あやめへのあいさつ。

 こちらは、十八が大いに緊張し、華蓮も少なからず心配した。事前に話した時、彩女は受け入れてくれたが、五郎の方は、一度本人に会ってみないとわからない、と言われたからだ。

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