第8話 平蔵コロッケと見つめる者
そして、午後の仕事も黙々とこなしていたが、昼のメールのせいだろうか、時々昔を思い出して、一人密かに含み笑いなどをしていたので、同僚から「何かいいことでもあったのか?」などと冷やかされたりもする。
そして、終業時刻となった。
更衣室で着替えを終え、帰りの送迎バスに乗り込むと、明日の朝食のパンの他に、昼食や夕食で足りない食材のことを考える。
麻婆豆腐の素があったから、豆腐か茄子を買えば、麻婆豆腐か麻婆茄子が作れるなァ、あ、あと、予備のマヨネーズも無かったかも、などと考えていると、やがてバスは朝の乗り場と同じところに到着した。
バスから電車に乗り換え、十五分ほどで長多駅に到着する。
夕方の駅前は、
駅を出てすぐに商店街があるのも、人が多い理由なのだろう。
朝は奇妙な鳥のために、早足で抜けてしまったが、帰りは店を物色しながら、ゆっくり歩いていく。
しばらく歩くと、
十八は少し考えてから、そのスーパーの入口をくぐる。
すると、入ってすぐの左手に、
平蔵コロッケは長多周辺で七店舗を展開するチェーン店で、創業は二十年ほどだが、店名と同じ商品名の平蔵コロッケは、一つ六十円と安価ながら、値段以上の味を持ち、学生から、主婦、社会人まで、幅広い客層から支持される人気商品だった。
もちろん、看板商品以外の揚げ物も人気で、にんにくと醤油の香りが効いた若鶏の唐揚げや、冷めても固くならない豚カツなどは秀逸だった。
だが、十八自身がそういった揚げ物を買うのは、店が独自で発行しているポイントカードでポイントが貯まり、各種の商品が1つ無料でもらえる時に、合わせて家族分を買うときだけだった。
大学の演劇部時代や三年の劇団暮らしで身についた貧乏性の影響だ。
なので、十八が普段この店に来た時は決まって、
「スミマセン、ポテサラ
「あーハイ、ポテサラ大を二つですね」
ポテサラ大は一つ百五十円、二つで三百円。
ポイントカードのスタンプは、三百円につき一つ押してもらえるので、これでちょうど一つ分なのだ。
しかもこのポテサラ、二個で三百円という値段は、他で買えるポテサラと比べると、明らかに量が多めでお得感があった。ただ、日によって水気が多くてベタついたり、逆にパサッとしてたりとムラがあるが、そこは多少目をつぶっても、味はそこそこおいしいので、コストパフォーマンスは高く、十八はかなりお世話になっていた。
代金と一緒にポイントカードを渡すと、店員さんは慣れた手付きでスタンプを押してくれる。
「ありがとうございます~」
背中でその声を聞きながら、ふと、前に華蓮に言われたことを思い出した。
”店員さんに覚えられてるんじゃない?ポテサラの人、って”
華蓮との結婚を機に、隣の兵護区から長多区に移り住んで十数年になり、この店でポテサラを買うのも十年以上になる。十八自身もたぶん覚えられているんだろうなァ、と思っていた。なにせベテランの店員さんは、たまに別の注文をすると「え?」という顔をするからだ。
(まあ、いいけどねェ)
馴染んだ店に、常連として覚えてもらえるのは、やはりうれしいものだった。
そんな事を考えながら、ニヤケ顔を浮かべる十八を、路上駐車していた黒塗りのベンツから、ジッと見つめる者がいた。
だが、長多商店街は、昔から路上に車を停めて買い物をする人が多いため、往来の人々も、そして十八自身も、この黒いベンツを大して気に留めていなかった。
誰もが雑踏と自らの予定に急かされるように、通りを足早に進んでいくのだった。
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