第9話 帰路と帰宅

 そのあとも、何店かの店をのぞいてから、長多商店街を抜けると、長多神社の敷地沿いへ行く道と、その一筋隣りにあるバス通りへの分かれ道に出る。

 敷地沿いへの道は長多神社の参道にもなっており、その入口の脇にはコンビニもあるので、学校帰りの学生が大勢たむろしていた。

 十八とおやはその道を少し苦い顔で見た後、一筋隣りのバス通りへ進む。

 朝に見た赤い鍵の鳥のことが、どうしても頭から離れなかったからだ。

 真冬と比べるとだいぶ日は長くなったが、それでもバス通りに比べて薄暗い敷地沿いの道を、一人で歩いて帰るのが怖かったのだ。そもそも、何が怖いのか分からないのが、一番怖かった。

 嫌なことを振り払うように頭を振ると、ポケットからスマホを取り出す。

 指先で画面をタップすると、本体を耳元へ当てた。

 数コール待ったあと。

「はい、もしもし天木あまぎです」

 電話に出たのは息子の柱基よしきだった。

「あ、柱基か?お父さんです~いま長多で、もうすぐ帰るから~」

「うん、わかった~」

「お母さんは?」

「たぶん、まだ寝てる」

「そか~そのまま静かに寝かしておいてあげてよ~あと、春花はるかと順番でお風呂に入っておいてよ~」

「うん、わかった」

「それじゃ、バイバイ」

「うん」

 ガチャン。

 一分ほどのやり取りだったが、仕事帰りにいつも行う「帰るコール」だった。これをしておくと、帰った頃には二人ともお風呂が終わっているので、すぐ洗濯機を回すことが出来る。単純だが重要な時短術である。

 それにしても、柱基の電話の応対が、以前に比べてずいぶん淡白になった気がする。一年生ぐらいの時は電話に出ること自体が物珍しいから、関係ない話をやたらにしたがってなかなか切らせてもらえなかった。あの時はわずらわしく感じたが、なくなったらなくなったで寂しいものである。と、思うのも親のエゴというか、身勝手な感情だが。

 その後、神社の敷地は極力見ないようにしながら、徒歩三十分ほどで我が家に帰り着く。なお、行きは下りだが、帰りは上り道なので、どうしても帰りの方が時間がかかってしまう。我が家が長多の山手の方にあるからだ。

「ただいま~」

 玄関を開けて声をかけると、居間の方から「おかえり~」と、声だけが聞こえた。

 靴を脱いでそちらへ行くと、居間のソファーにパジャマ姿の柱基が居て、スマホで動画を視聴していた。

 何の動画かは分からないが、時折クスクスと笑い声を上げている。

「ただいま~柱基、春花はどうした?」

「お風呂~」

 柱基はスマホから顔を上げず、声だけでそう答えた。

 十八はそれを見て小さくため息をつく。

火浦ひうらさんちの三人は、ちゃんと人の顔を見てあいさつが出来るのに、どうしてウチの子は出来ないんだろう?けんさんや愛恵かなえさんのしつけがいいのだろうか?)

 今度時間がある時に秘訣を聞いてみようと決意し、今は敢えて言及しないことにする。

 とりあえず、買い物袋を台所に置き、仕事用の鞄から出した弁当箱と水筒は流し台の上に置いた。

 そのあと洗面所まで行くと、お風呂場の中から音がした。春花が入ってるらしいとわかる。

 この頃は春花もお年頃で、入浴中に声をかけたりしたら、恥ずかしいのか機嫌を悪くしてしまう。なので、そのまま声はかけず、手早く手洗いうがいをし、鞄から仕事で汚れた服を出すと、洗濯かごに放り込んで、すぐに二階の自分の部屋に上がった。

 途中で妻の、華蓮かれんの部屋の前を通ったが、中からはかすかな寝息が聞こえてきた。まだ寝ているようなので、こちらも声をかけずに素通りする。

 自分の部屋に入ると、鞄を置いて部屋着に着替える。そして脱いだ服を持って再び洗面所の方へ向かうと、ちょうどピンクのパジャマを着た春花が中から出てきた。

「お風呂は済んだの?」

「うん。済んだよ」

「じゃあ、洗濯機を回すけど、洗う物はない?給食セットとかハンカチは入れた?」

「あ、給食セットがまだだった」

 そう言うと、春花は慌てて二階へ駆け上がった。

 十八は苦笑すると、ふと、居間にいる柱基にも声をかけてみる。

「柱基~、今から洗濯機を回すけど、洗う物はないか~給食セットとかハンカチは出したか~」

 一呼吸置いた後。

「あ~ちょっと待って~給食セットがまだだったかも~」

(お前もかいッ)

 と、心の中でツッコミながら、早く持ってきなさい、と声をかけた。

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