第4話 通勤路にて その2 天木華蓮
(行ってらっしゃい、か…)
最近は自分が一番最後に家を出るので、行ってらっしゃいと言われたのが、妙に懐かしく感じられた。
(
”行ってらっしゃい、十八クン”
そういえば、毎朝そう言って送り出してもらえたのは、
妻の
大きな病院に勤める勤務医は、通常勤務の他にも輪番の夜勤や、緊急のオペ・解剖手術などに加え、定期的な学会の参加や論文の作成・発表など、まともにやっていれば、それこそ寝る暇もないほど忙しい。冗談でつまらない仕事を頼んでも、そんな暇があれば寝たい、というのが、彼らの口癖だった。
華蓮もご多分に漏れず多忙な人で、出退勤の時間がバラバラな上に帰ってきてもほぼ寝ており、起きていても書類やパソコンに向かっているので、寝ている時以外はずっと働いているんじゃないか?と、見ている方が心配になるほどだ。
そういえば以前、生まれつきやや癖毛だった華蓮が、美容院から帰ってくると、いつものミドルヘアにソバージュのパーマをかけていたことがあった。
どうしてソバージュにしたの?と聞くと、この方があまり手入れしなくても分かりづらいかと思って、と言っていた。結局ソバージュのほうが手入れが大変だと後から気づき、それ以後はやらなくなったが、髪を手入れするのも面倒になるほど忙しいのだということがよく分かった。
ただ、大人の十八はまだいいが、
「お母さんは?」
と、聞かれると、十八はいつも申し訳なさそうに、
「お仕事だよ」
と、言うと、五歳ぐらいの頃の柱基はよく、
「ボクもお母さんのとこへ行くゥ~一緒にお仕事するゥ~幼稚園休むゥ~」
と、言って泣いていた。
子供なので、当然お仕事の意味など分かっていないが、他の園児がお母さんに送り迎えをしてもらう中、自分はほとんどお父さんなので、それがうらやましかったり、ねたましかったりしたようだ。
だから、たまに時間の都合がついて、華蓮がお迎えに行った日は、柱基は飛び上がるほど喜んで、ものすごく上機嫌で帰ってくるそうだ。
そんなとき華蓮は決まって、
「やっぱり息子って、お母さんが好きなのねぇ」
と、のたまっていた。
その頃から比べると、この四月で六年生になった柱基はずいぶん立派になったと思う。まだ子供は子供だが、少しずつ親離れし始めている気配はある。
そんな事を考えながら、いつもの通勤路を歩いた。
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