第12話 如月華蓮と天木十八 その1

 食卓に戻ると、二人の子供はすでに夕食を食べ終え、居間のソファーに座っていた。そして、夕食前と同じように、柱基よしきはスマホで動画視聴を、春花はるかはテレビのバラエティー番組を見ている。

 華蓮かれんも春雨スープを食べ終えたようだが、まだ食卓に座っていた。

 そして、十八とおやに気付くと、うれしそうに声をかける。

「おつかれ~十八クンも呑むんでしょう?」

 そう言いながら、用意していたテーブルの上の缶チューハイを持ち上げた。見ると、十八の席にもビールとグラスが置かれていた。

「おおっ、華蓮さん気が利くね~ありがとう~」

「いえいえ、では……」

 そう言うと、華蓮は缶チューハイのプルトップを引き開ける。

 カシュっと小気味の良い音がするので、十八も急いで席に座ると、カシュっと同じ音を響かせた。

 華蓮は直飲みだが、十八はグラスに注ぐ派なので、乾杯は缶とグラスが打ち合わさる。

 そして、十八は夕食の餃子や温めたおかずを、華蓮は買い置きしていたカシューナッツをアテにして、それぞれの晩酌を楽しんだ。

 ツラい夜勤を無事終えて、タップリの睡眠と、ほどよく小腹を満たしてから傾ける缶チューハイに、華蓮はことのほか上機嫌だった。

 夜勤中でも割と忙しかったこと、職場の後輩のこと、昼休みに見たテレビのことなどを楽しそうに話していく。

 十八は「ヘェ―」とか「そうなの」と、時々相づちを打ちながら聞いていた。

 そして、話題は今の華蓮がもっとも機嫌のいい理由に関することへ移ってゆく。

「そうそう、十八クン、十八クン、聞いて聞いて。ようやくよ、よぉ~~やくなのよッ」

「なんのこと?」

「融資よッ、融資の話ッ。銀行からの融資を、ようやく取り付けることが出来たのよッ」

「えっ?あの話、決まったの?良かったじゃない~」

「そうよッそうなのよッ!今日の午前に担当の人から電話があって、審査に通りました、って、連絡が来たのよォ~」

 少し赤い顔でニコニコ話す華蓮は、本当にうれしそうで、立ち上がって踊り出すのではないかと思うほどだった。

 晩酌のお酒と、舞い込んだ吉報に酔いしれながら、ふと、若かりし頃を思い出す。

 実は華蓮には、若い頃から独立して開業医になりたいという夢があった。

 かつて医大に入学し、六年の履修課程と医師免許の国家試験をストレートで突破すると、初期研修医期間も問題なくこなせるはずだと、華蓮自身は思っていた。

 ところが、勉強やテストの成績は良いのに、いざ現場に出てみると、たちまち見劣りする人は、少なからず存在した。

 この時の華蓮も、まさにそんな人になっていた。学校や試験と違い、現場では覚えた知識や教わったセオリーがそのまま使えないことはままある。

 なまじ華蓮のように優秀な成績を収めてきた人ほど、知識やセオリーを拠り所にする分、現場での応用が利かなくなり、スランプに陥りやすかった。

 研修医になって半年もした頃には「才女」ともてはやされていた華蓮も、いつしか「成績だけは良かった如月きさらぎさん」と言われるようになっていたのだ。

 そんな時、ケガで通院していた十八と出会った。

 中・高・大とひたすら医者になることだけを目指し、勉強だけをしてきた華蓮にとって、色恋の経験などほぼ皆無だったので、用事のある時以外、男性と話すことは苦手だった。イヤ、もっと有体に言えば、必要ないと思っていた。

 そんなヒマがあるなら、一つでも多くの数式を、一つでも多くの過去問題を、一つでも多くの症例課題をこなすほうが有意義だと思っていたからだ。

 学生時代のほぼ十二年を、そんなスタイルで生きてきたため、華蓮に興味を持った男性が近づいてきても、ほとんど相手にせず、ぞんざいな態度をとってきた。そんなことを続けていると、やがて言い寄る者もいなくなり、そのうち「男嫌いの如月さん」というイメージが付き、ますます色恋とは縁がなくなっていく。

 そんな華蓮が十八と初めて出会ったのは、華蓮が研修医として働いていた、神部かんべ大学病院の構内だった。

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