第6話 一通のメールと夢の熾火 その1
朝礼では部署の総括リーダーなどが業務連絡などを終えると、最後に全員で「ご安全に」と唱和してから、各自の持ち場に散っていく。
工場は俗に言う流通系の企業で、十八は工場の中で仕分けされた商品を、規格に合わせて様々なダンボールや小箱・小袋に詰める梱包部門と呼ばれる部署に所属していた。
社員と言っても契約社員なので、特別な技術も能力もいらない仕事だった。
単調な仕事を黙々とこなし、時々同じ現場の人と雑談を交わす。
平凡だが平和な日常業務だった。
そうこうするうち、昼休みになる。
食堂で自前の弁当を食べながら、スマホのチェックをする。
すると、朝に送った
”十八くん、いろいろありがとう。とりあえず帰ったら寝ます”
その一件のみだったので、今頃は恐らく爆睡中なのだろう。
小さく苦笑しながら、ついでにメールもチェックする。
ほとんどが広告や宣伝メールだったが、その中に少し懐かしい名前を見つけた。
「
大岳
若い頃は役者を目指していた十八は、その小劇団で経験を積みながら、時折開かれるオーディションなどに参加し、メジャーデビューの夢を追っていた。
しかし、役者の世界も甘いものではなく、なかなか結果を出せない日が続いた。
そんな時、舞台の事故でケガをして、通っていた病院で働いていた華蓮と出会い、結婚したのだ。
結婚後は劇団を退団し、役者の道もスッパリあきらめた……つもりだったのだが、年に一度か二度の割合で、一番仲の良かった大岳から、こうしたメールが届く。そして、要件は毎回決まって……
「やっぱり、客演の誘いかァ……」
客演と言うと聞こえはいいが、友情出演、もっと有体に言えば、ギャラのいらない役者として来て欲しいのだ。
多少の差はあれ、小劇団、私設劇団は、どこも商売として考えると、とても割に合わない苦しい稼業である。
それでも、世に名も知られぬ劇団が多数存在するのは、ただただ「お芝居が、舞台が、役者が好きだッ」という人々の情熱で支えられていた。
十八の居た劇団も例外ではなく、経費の節減、ムダ使いの禁止は、あいさつと同じくらい徹底して教え込まれたものだ。
余談になるが、以前テレビで玉ねぎ型のヘアースタイルがトレードマークの超大御所女優さんが、若手だった頃のエピソードを語られていた。ある日劇団仲間二人と食事に行った時、どうしてもエビチリが食べたかったが、高くてとても食べられなかったそうだ。そこで三人で一皿頼み、エビの数を数えて「一人六匹だよッ六匹だからッ」と分け合って食べ、いつか売れっ子の役者になったら、エビの数を気にしないでお腹いっぱい食べられるようになろう!と言い合っていたそうだ。
この話は六十年以上も前の事だが、現在でもあまり変わらず劇団業界は世知辛い。そのため退団した今でも、使えるものは猫の手だろうと、元劇団員だろうと使ってくるのである。
ただ、前回大岳に呼ばれた時に、皮肉を込めてそんな話をしたら、節減だけど誰でもいいわけじゃないぞ、と言ってくれた。まあその時は、素直に賛辞だと受けておいた。
とはいえ、すでに退団した身なので、ゴリ押しをされることはないが、スッパリあきらめたつもりの十八も、こんな時にはふと、心の中に熾火のようなものがあるのを実感してしまう。
一度でも舞台を踏む心地良さを知ってしまうと、こうして誘ってもらえることが、今でも純粋にうれしいのだ。
ただ、やはり妻子や家庭を持つ身なので、二つ返事は出来なかった。家族と相談の上で返事をする、とだけ返信する。
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