第14話 如月華蓮と天木十八 その3
「へ~最初に見た時は浮浪者かホームレスだと思ったのに、意外と鋭いのねェ」
「ホームレスって……お姉さんも、気が滅入っていた割にはズケズケ言うねェ」
アレ?それもそうだ、と、
もしかすると、この怪しげな男と話をしたからだろうか?と、そちらを見ると、男は再び左手でパンの本体を持ち、袋の端を歯でかもうとしていた。
「もォ~片手で開けられないなら、そう言いなさいよ~見てて危なっかしいわよ」
ベンチから立ち上がって男のクリームパンを取り上げると、袋を開けて中身を取り出してやる。
「ハハハ、ありがとう~パンをもらった上に、食べるのを手伝って、とは言いにくくて」
「いきなりパンをくれって言った人が、何をいまさら]
「それもそうだねェ~でも……お姉さんはイイ医者になれると思うよ~」
「エ?な、なんでいきなり、そんなこと言うの?私なんて……」
少し軽くなって浮いていた心が、再び沈みだす。
”
”如月さん、そこはこの方法で、って、指導があったよ~”
指導医や同期から、たびたびミスを指摘され、怒られる。でも、なぜ指摘され、なぜ怒られるかが分からない時があるのだ。
今まで学んだ指導書では、授業では、こう書いていた、こう教わったはずなのに、自分は間違っていないはずなのに、なんでだろう?どうしてだろう?
そんなことを思い出して、再び気が滅入りだした時、その男は、なんのてらいも、おごりもなく、サラリと言った。
「そんなことないって。お姉さんはいま、ケガで困ってる僕のために、パンの袋を開けてくれたじゃない。ケガや病気で困ってる人を助けるのが医者の仕事なんだから、これも立派な医者の仕事でしょう」
それを聞いたとたん、華蓮はうつむいたまま、小さく目を見開く。
(ケガや病気で困ってる人を助けるのが、医者の仕事……)
そして、ゆっくりと男の方を見た。
男はすでに華蓮を見ておらず、もらったクリームパンに、うまそうにかぶりついていた。かぶりついた時にはみ出たカスタードクリームを、口の端につけながら。
その姿が、ひどく子供じみていて、ひどく平和そうで、ひどくおかしくて、そして……なんだか急にバカバカしく思えた。
「あ、アハハ、アハハハハハハハッ」
「え?なに?急に笑いだして、どうしたの?」
「いや、だって、口の端にクリーム付けて食べてるから、子供みたいだと思って」
「エ?あ、あ~アハハハ、それは笑えるねェ」
器用に舌を動かすと、端のクリームを舐め取った。
そんな男の様子を見ながら、華蓮は再びベンチに腰を下ろすと、晴天の秋空を見上げた。
(医者の、仕事……)
華蓮が初めて医者になりたいと思ったのは、小学生の頃だった。
生まれつき喘息持ちだったため、幼少の頃から、季節の変わり目や明け方になると、微熱を出したり、呼吸が出来ないほど咳が止まらなくなったりして、病院に行くことが多かった。
ある時、かかりつけの病院が臨時休業になっていたので、仕方なく別の病院に行った。
そこで出会ったのが、
水無瀬先生は当時三十過ぎの若い医者だったが、とても話しやすく優しい先生だった。
行きつけだった病院の先生は五十を過ぎた男の医者で、子供の華蓮が何か言おうとしても「はいはい、大丈夫、わかってるから」と言うばかりで、いつも同じような診察をし、いつも同じ薬を出すだけなのだ。
だが、水無瀬先生には子供の華蓮の話をキチンと聞いた上で診察し、いろいろな薬を試しては、次に来た時に、前の薬はどうだった?なら、新しい薬に変えようか?などと、親身に世話をしてくれた。
果たして、水無瀬先生の診察が良かったのか、成長とともに体質が変わっただけなのか、今となってはわからないが、小学校を卒業する頃には、喘息もかなり改善して、先生の病院にも年に一、二度しか行かないようになった。
そして、その体験が華蓮の中でゆっくりと育ち、いつか自分も水無瀬先生のような女医になって、私のように苦しんでいる人を助けたい、と思うようになった。
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