第12話 翡翠龍馬という少年
四宝の話を聞いた数日後。
私は進化を遂げていた。
体がやけに動きやすく、視界が広い。
愚兄たちや怪異の動きがよく見える。
自他ともに分かるほどに私は動きが良くなっていた。
原因は不明だが、能力が上がったのは嬉しいことだ。
璃緒さんが不思議そうに首を捻ってたけどまあいっかくらいの調子だったから別に大丈夫だろう。
と、それはさておき。
現在私は学校で普通の小一として生活している。
いやー、転校したけど生活は対して変わらないねぇ。
とはいえ、私には乗り越えなければいけない問題がある。
「小一の平均記録ってどのくらいなんだっけ……」
五十メートル走、ソフトボール投げ、シャトルラン……つまり、スポーツテストだ。
日々の座学のテストとかはね。
別に百点とったって問題ないのよ。
でも、五十メートル走とか普通に走ったら絶対変なタイムでる。
三秒を切る可能性がある。
これではいけない。
私は小一の平均タイムより少し速いくらいで走るのがきっとベストなのだ。
ああ、なんて平和な問題なんだろう。
四宝の方とは大違い……。
自分の番がやって来て位置に着く。
五十メートル走は男女一人ずつ、つまり二人で走る。
「位置について、よーい、ドン」
先生の合図で隣の同じクラスの男子と同時に走り出した。
えーっと、確かクラスで一番速いんだっけ?
だったら、この子より少し遅めの方がいいな。
小走りで走り抜けば、目標のタイムくらいで走ることが出来た。
完璧だ。
私もかなり祓い屋に毒されてるような気がしないでもないが、まあ、いいだろう。
ていうか、最近璃緒さんが忙しくて愚兄と体力向上の基礎練習ばっかりやってるから当たり前か。
むしろ、それで変わらなかったら困る。
再び列に戻れば、次のクラスが走り始めようとしているところだった。
「あ、奏音ちゃん!」
「どうしたの?」
出席番号が後ろの女の子、愛ちゃんに名前を呼ばれ振り返る。
愛ちゃんは、あれだ、ちょっとませた感じの女子。
クラスでも発言力が強い、少し強気な感じの子。
彼女は興奮したように今から走る男子列を指さしていた。
「ほら、次走る子!あの子滅茶苦茶足速いんだよ!学年でぶっちぎりの一番なの!」
「へぇ、そうなの?」
「そう!しかも、カッコイイでしょ!?」
次走る子、と言われ見てみればそこには茶色みがかった髪の男の子がいた。
顔は少し離れているのでよく見えないが、整ってそうな雰囲気はある。
それに、周りの男子よりも背が高い。
私も背の順だと後ろから二、三番目だけどもう少し高いかも。
このくらいの年齢だと女子の方が背が高いことが多いのでなかなかレアだ。
成程ね、名前知らないけど多分彼はモテる男子に分類されるのだろう。
愛ちゃんみたいな子が盛り上がる男子というのは、基本そういうものである。
合図を出す先生が構え、
「位置について、よーい、ドン」
そう言い放った、その時だった。
……は?
思わず私がそう漏らしてしまうくらいには、その男子は足が速かった。
いや、おかしい。
祓い屋としては遅くとも、小一、いや、普通の人間としてはかなりおかしい。
かなり遅れて一緒にスタートした女子がゴールした。
おそらく、余裕で倍以上の時間がかかっている。
いや、三倍くらいか?
「龍馬、四秒一二……ストップウォッチ間違えて止めたのか?」
計測係の六年生が持っていたストップウォッチを覗き込み、先生が顔を顰めた。
そして、男子(龍馬というらしい)の方を見た。
「龍馬、もう一回走ってもらってもいいか?」
「分かりました」
その声色は、やけに大人びていた。
声は子供のはずなのに、彼の声はやけに落ち着きを払っている。
それは、違和感を感じるほどに。
けれど、周りは全くそれを気にしていない。
えぇ、変なの……。
目の前を、彼が通った。
愛ちゃんもだが、クラスメイトも近くにいた先生や先輩も、誰もが彼に視線を送っていた。
当たり前だ。
あんな記録を出したのだから。
近くを通った彼の顔を見る。
それは、どこかで見たことのある顔だった。
雰囲気も髪色も、ついでに気もかなり違うけれど。
「成志くん?」
口から名前が勝手に零れ出てくる。
彼が振り返り、目が合ったような気がした。
整えられた栗色の髪に涼しげな印象の切れ長の目、髪と同じ栗色の瞳。
端正な顔立ちでやっぱり背が高い。
外見も少し歳上に見えるが、何よりも子供らしからぬ雰囲気を纏っている。
スタスタとスタートラインに戻っていく彼を見て思わずポカンとした。
まだかなり幼さを残している成志くんとは雰囲気も色も全然違う。
ただ、顔立ちだけは双子かと思う程に似ていた。
それだけでも驚くのに、彼は気が異常だった。
あれは、多分、開花しないように無理矢理気を抑え込んでる。
訓練させられているだけあって気については少しずつわかってきた。
気っていうものは、ほとんどの人が持ってる。
けれど、開花しないと祓い屋のように怪異と戦えるような力は持てないのだ。
気は、開花していない人はうっすらとしか見えない。
けれど、開花した人の気ははっきりと見える。
彼の気はといえば、色は濃いのに量が少ない。
それはまるでわざと抑え込んでるいるかのように。
もうこれは祓い屋関連としか思えない。
「ねえ、龍馬くんの苗字って知ってる?」
愛ちゃんにそう尋ねれば、彼女はすんなりと答えてくれた。
「翡翠だよ」
はい、確定。
私は龍馬くんに視線を向け、心の中で乾いた笑みを浮かべた。
抑えてても気が滲み出るなんて相当気の量が多いのだろう。
祓い屋の強さは、気の量に比例する。
流石に璃緒さんや高校生組とまではいかなくても、成志くんや下手すれば龍志さんより気の量が多いのではないだろうか。
「翡翠龍馬、ねえ」
私は小さな声でその名前を呟いた。
*
「翡翠家に双子?」
その日の夜。
夕食を食べながら私は璃緒さんに今日あったことを話していた。
足がおかしなほどに速く、開花しないように気を無理矢理抑えつけている少年がいたと。
そして、その少年は同い年で苗字が翡翠だということ。
私が双子かもしれないと付け足しながら一連の説明をすれば、璃緒さんは首を傾げた。
「成志以外の子供がいるなんて聞いたことないけど」
「そうなの?」
今度は私が首を傾げる番だ。
でも、ここら辺で翡翠なんていう苗字は他にないだろうしなぁ。
何より顔が成志くんにそっくり。
璃緒さんは困ったように口を開いた。
「なんでだろうねぇ。まあ、隠し子っていうパターンが無いわけじゃないけど。もしかしたら、龍志がその龍馬?って子のこと双子だからって理由で隠してることもあるんだよね」
「双子だから、隠してる?」
私の言葉に璃緒さんは頷くと、話を続けた。
「そう。家宝家において双子は、家の証である色を受け継ぐ子と能力を受け継ぐ子の二人に別れてしまうことを言うんだ」
「色って、あれ?璃緒さんの青い髪と金色の瞳みたいな感じ?」
「そうそう、それ。直系ほどそれが顕著に現れる」
お茶をすすり、璃緒さんは静かに溜息をついた。
私もつられてお茶をすすり、ハッとしてコップを机に置く。
最近、何故か相手の行動を真似しちゃうんだよなぁ。
「色は、柘榴家が黒、金剛家が髪は銀、瞳は紫。翡翠家は髪が赤で瞳は緑。奏音は水晶と金剛だから青みがかった銀髪と金色の瞳なんだろうね。本当、嫌にわかりやすいよ」
確かに。
嫌にわかりやすいってわざわざそんな言い回しをするってことは、色が出ていないと何か差別的な扱いをされるとかそういうことなのだろうか。
かといって、双子だと分かってしまえば色が出ていても能力がないことが分かってしまう。
だから、色が出ている成志くんを一人っ子だと偽って、差別から守っている、のかもしれない。
あくまでこれは私の想像なので真実は定かではない。
ただ、私にはこれがただの偶然だとはとても思えなかった。
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