第3話 叔父の水晶さん

ポツ……ポツ……



「ん……」



肌に突き刺さる冷たい空気に水滴が垂れる音。

そんな環境の違和感に私は目を覚ました。


肌の所々に激痛がはしり、片目はまともに開かない。

確か、夢園雅がアパートを燃やして、それからーー。


あ、もしかしてまだ生きてる?

それとも死んだ後かな?

ていうか、母親は生きてるのだろうか。

夢園雅がいない今、その真偽を確かめることも出来ない。


状況を確認しようと何とか開く方の左目で周りを見る。

薄暗いが広い座敷の部屋は雨漏りをしており、埃っぽい。

ボロボロで風が通り抜けるから寒いし、極めつけに両腕を上で縛られている。



「……ここどこ」



というか、どうしてこうなった。


服はそのままで焦げたり汚れたりしていて早くお風呂に入って着替えたい。

足はなんか火傷っぽい痕が出来てるし。

ただ、痛みに鈍くなってしまったのか叫びたいくらいの痛さのはずなのに耐えられる痛さだと感じてしまう。


叫びたい痛さは結構重症なのだが……?

そんな状況確認をしていると、そう遠くない場所から足音が聞こえてきた。


誰か来る?

警戒していると、襖がゆっくりと開けられる。

思わず外からの光の眩しさに私は目を細めた。

よく見てみれば、そこに立っていたのは長髪の男の人だった。


青みがかった髪は高い位置で一つに結われ、肌は雪のように白い。

よく整った中性的な顔立ちで何より現代では珍しい和服姿だ。


いや、誰。

襖を開ける時と同じでゆっくりとした足取りで男の人はこちらにやって来る。

男の人は私の前まで来るとしゃがんで目線を合わせた。


近くで見て分かったのは瞳の色が自分と同じということと、なんか、かなり既視感のある顔というか……。


そんなことを考えていると、男の人の手がゆっくりと私の頬に触れた。



「すごい火傷の傷……大丈夫?」



男の人は私の体にある火傷を見て痛々しそうに言った。


……なんだろう。

普通の意見のはずなのにすごく久しぶりにこういう事を言われたような気がする。


私はその言葉に小さく頷いた。



「大丈夫なんですけど、ここどこですか?」



質問のチャンスだと思い口を開く私に男の人は目を丸くする。

え、何か変な事言った?


もしかして、言葉が足りなかったのだろうか。

そう結論付け、私は言葉を付け足す。



「私、夢園雅とかいう女に殺されかけまして。今はどういう状況でしょうか」



もう一度問いかければ男の人はハッとしたような顔になりーー突然笑いだした。



「はははははっ!流石、混血こんちにして四宝持ち。幼いとはいえ、なめちゃいけないね」



こんち……?

しほうとかいうのは夢園雅が言ってたような言ってないような……。


考える私を他所に男の人はひとしきり笑うと立ち上がってニッコリ笑みを浮かべた。



「その傷、治すからちょっと待っててね」



「え、治せるんですか?」



これ、一生ものの傷になると思うんですけど。

完全に治すとか無理な感じの傷ですよね?


男の人の言葉に驚いていると、部屋が水色の霧のようなものに覆われた。

霧の発生源は、男の人。


両腕を縛られていたのにいつの間にか縄がほどかれている。



「水晶流・結界」



男の人の金色の瞳が美しい輝きを放ち、驚いて腕で目を隠す。

暫くすると霧が消え、そこには霧以上に衝撃を受けるものがあった。



「傷が無くなっている……」



マジか。

最近思ってたけど私の周りの人たちって少年漫画の世界の住人なの?

そしてこの人は物語にだいたい一人はいる傷を治す特殊能力持ちの人……?


ポカンとする私に男の人は満足そうな顔でその場に座る。



「まず、自己紹介かな。僕の名前は水晶すいしょう璃緒りお。君の叔父、つまりお母さんの弟だよ」



あ、成程。

だから顔に既視感があったのか。

納得……じゃなくて。

え、母親って身内いたの?

私、初めて知ったし初めましてなんだけど。

しかも母親より私はこの人、水晶さん似だし。


いや、確かになんか前に「奏音は弟とそっくりね〜」って言われたような言われてないような……。

内心パニックの私を他所に水晶さんは言葉を続ける。



「君のお母さんとは訳あって縁を切ってるんだけどね。今回の事件で君の事をきいて様子を見に来たんだよ。そしたらこんな大怪我してるのにやけにピンピンしてるし、驚いたよ」



「え、縁切ってるんですか?」



シンプルにそこが気になるー。

何をやらかしたんだ、母親。

あのポヤポヤ脳内お花畑の事だし何かに騙されたとかかな……。



「そう。男女の関係で騙されて君を産んだから」



おう、まさかの大正解。

マジで騙されたのか、母親よ……。

母親への情がかなり薄い娘である事をあの世にいるであろう母親に謝りつつ、やっぱり呆れてしまう。

てか、原因私だし……。



「ま、君は別に悪くないしね。引取りに来た親戚のおじさんだとでも思っておいて。ちょーっと面倒な事がこれからあるけど」



どう見たって二十代前半のお兄さんにしか見えませんけどね。

この人おじさんだったら怖いわ。

あと、面倒な事とは。

面倒事は嫌なんだよなぁ、場合によるけど。


そんな事を考えていると、水晶さんはスっと立ち上がって手招きをした。



「心配しなくても面倒事は基本こっちで片付けるよ。取り敢えず、その身なりをどうにかしようか。ついておいで」



知らない人について行ってはいけないって言うけど。

もう夢園雅と会った時点で人生が変な方向に転がってそうだし、今更考えるような事じゃないよなぁ。

多分母親は死んでるだろうし、だったらまだ生きらそうな選択肢を選びますか……。


しかし、上手く立ち上がれない。

どうやら火傷の傷は治っても体力は回復していないらしい。

私は踏ん張って立ち上がり、 水晶さんの後について行った。



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