第2話 ピンチ

それから一ヶ月くらいたった頃。


母親と仲良くなった夢園雅はよく家に来るようになっていた。

ただ、それでも嫌悪感は消えず、あまり顔を合わせないようにしている。


マジで来て欲しくない。

さっさと帰れ。

そう思いながら今日も黒猫と戯れる。



「こっくんはどこの猫なの?」



「みゃ?」



猫じゃらしで遊んでいたこっくんがつぶらな瞳でこちらを見上げてくる。

可愛い。最高に可愛い。


ちなみに「こっくん」とは、首輪に「kokkun」と書いてあるのでそのまんま読んだだけである。



「みゃみゃーみゃーみゃみゃー」



「うーん、みゃーみゃー言われても分かんないわ……」



猫じゃらしをこっくんの前で振っていた、その時だった。



ドカンッ



「え?」



突然大きな音がして振り返れば、そこには炎につつまれたアパートがあった。

その衝撃的な光景にパニックを通り越して冷静になってくる。


何あれ?どういうこと?マジックか何か?

ていうか、母親も夢園雅もあの中に……。



「こんな所にいたの、奏音ちゃん」



後ろからのぞわりとする猫なで声が耳についた。

鳥肌ものの声に振り返れば、そこには笑顔で笑う夢園雅の姿があった。


それは炎の上がるアパートに似合う狂気的な笑顔だ。

黒雲は警戒するように夢園雅を見据えている。



「夢園さん、これは……」



「あ、ごめんね。あなたのお母さん燃やしちゃった」



冷蔵庫にあるプリン食べっちゃったくらいのノリで言う夢園雅。


いや、待って。

燃やしちゃったって何?

放火魔か何か?


呆然としていれば夢園雅は炎が勢いを増しているアパートを指さし、顔を顰めた。



「ていうか、アレが大人なの?ヤバくない?ウザイんだけど」



夢園雅はペッペッと舌を出して唾を吐いた。


そこには正直同意させてもらいたい……じゃなくて。

今は命の危険性を考えなければ。


目の前のサイコパス女をじっと見つめる。

そこそこの美人で笑顔が気色悪いということ以外は目立つところはないように見える。



「母親のことはこの際どうでもいい。それより、あなたは何が目的なんですか?」



「母親が死んだのに冷めてるね、奏音ちゃん。いいよ、教えてあげる」



そう言うと、夢園雅は手で前髪をあげた。

前髪に隠れていたおでこには「∞」が連なったような桃色の模様が刻まれている。


入れ墨?

なんだこれと思っていればこっくんが私の足にしがみついてきた。

え?何があった?


何が何だか分からず夢園雅を見れば、彼女は不気味な程に美しく、歪んだ笑みを浮かべていた。



「水瀬奏音、あなたは呪われた生贄なの。私の生贄。この世界にあなたという存在は必要ない」



「えぇ……」



もう何が何だか全く分からない。

ここ、少年漫画の世界だったっけ?


あなたはどうしたいんですか?そう聞こうとした刹那。



「ッ!?」



夢園雅が私の首を片手で絞め、持ち上げた。

驚きのあまり一瞬呼吸を忘れる。


いや、そもそも物理的に呼吸ができなっ、!



「かはっ、」



口をパクパク開けて酸素を取り入れようとするものの全く入ってこない。

頭の中はもう真っ白だ。


苦しい、辛い……。

ギリギリと音がなりそうなくらいに夢園雅は強く私の首を絞めていた。



「これで、私がこの世の支配者になれる!」



大きな声で夢園雅が笑いながらそう言った。


必死で暴れるが、体力を消費するだけで私は暴れる気力もなくなってきていた。

ぼんやりとした視界の中で夢園雅が炎の中に歩みを進めているのが分かった。


ヤバい、死ぬ。

目を閉じるが、炎は夢園雅を避けた。

まるでアニメのような光景だ。

夢園雅はある所で足を止め、私を離す。



「ゲホッ、グッ……」



酸素を必死で吸おうとするものの無情にも周りにあるのは体に毒な一酸化炭素。

床に這いつくばっていれば、夢園雅に首をなぞられた。



「夢園雅は水瀬奏音の四宝しほうを譲り受け、」



次に夢園雅はそんな事を言い始める。

だんだんと首が熱を持ち始め、苦しさのあまり言葉を失う。



「この夢園雅に四宝をッ」



夢園雅が一番の大声で叫んだ、その時だった。

首の熱が冷め、目の前に鮮やかな赤い液体が飛び散る。


……血?

私のでは無いはずだ。

となれば、



「ゆめぞの、みやび?」



返事は返ってこない。

その静けさは先程までの叫び声が嘘のようだ。

首の締めつけがなくなった分、楽になったような気がしなくもないが、私が死にそうな状況下にいることに変わりはない。

結局、苦しいままだ。


あー……死ぬかも。





ーーそうして、冒頭に戻る。



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